寄席や落語会で夏によく高座にかけられる噺といえば、『へっつい幽霊』ではないでしょうか。奇想天外な怪談噺で、落語ならではといったあらすじです。誰もが「ありえんやろー」と思うもの。
しかし、事実は小説より奇なり。実は……。それを笑福亭純瓶 師匠に解説していただきました。知っていると楽しさ倍増、寄席に行くがワクワクするように。じっくり読んでくださいね。
ほんの少し知っていると楽しさ倍増 ② ~落語「へっつい幽霊」のお話~
今回ご紹介する落語は「へっつい幽霊」というお噺です。「へっつい」とは「かまど」の事、料理を作る時に火を起こし煮炊きをする昔の調理器具、今で言うコンロですな。京都では「おくどさん」なんて呼ばれています。
さて、一軒の古道具屋の店頭にへっついが売られています。なかなか良いへっついですから直ぐに買い手が付きます。ところがその晩、へっついを買った客が「引き取って欲しい」と来る。
戻って来たへっついをまた店頭に置くと直ぐに売れる。が、その晩その客がまた「へっついを引き取って欲しい」と来る。不思議に思って訳を尋ねると「へっついから幽霊が出る」と言うのだ。
店主は半信半疑で引き取り、店に出すとまた直ぐに売れ、あくる日に戻ってくる。初めの内は売り買いで差し引き1円の儲けが出るので喜んでいたが、しばらくするとあの店の古道具には幽霊が出ると言う噂が広がり、全く客が来なくなった。
そこでへっついに1円というお金を付けて誰かに引き取ってもらおうと言う話を縁側でしていると、塀越しの裏長屋の便所に入っていた熊五郎という男にこの話が聞こえ、同じく長屋に住んでる作次郎という若者を誘って二人で貰いに行った。
二人で担いで裏長屋に運ぶ途中、角にぶつけてへっついの一部が壊れてしまう。すると中から300円という大金が出て来た。金を山分けにし、熊は博打場へ、作次郎は馴染みの廓へ、それぞれ出掛ける。
悪銭身につかず、あっという間に二人とも一文無しに逆戻り。お互い長屋に帰って自分たちの家で寝ていると、作次郎の所に置いてあったへっついから幽霊が出て来て「恨めしや、金返せ!」と言う。驚いて熊の家に飛び込む作次郎。
事情を聞いた熊は「俺に任せとけ!」と言い家を飛び出し、あくる日、帰って来た熊は300円と言う金を用意していて「幽霊に投げつけてやれ!」と渡しますが、作次郎はとても怖くて出来ないと言う。
金は作次郎の実家から貰って来たもの。金持ちの家に生まれた作次郎、遊びが過ぎて勘当されていたが、息子の命が掛かっていると言って貰って来た金であった。
「アンタが出来ないならオレが話をつけてやる!」と熊。へっついの前にドンと座り、幽霊が出てくるのを待っているが一向に出て来ない。
業を煮やした熊が大声で散々悪態を吐くものだから時刻が来てもなかなか出て来ない。
それでも恐る恐る出て来た幽霊、熊に事情を話します。自分も博打が好きで、儲けたお金300円をへっついに隠していたが死んでしまい、その未練から成仏出来ない、と言う。
熊は「オレが300円を用意したから」と言いながらお礼に半分の150円をよこせと言う。幽霊が困っていると熊が「サイコロでカタをつけよう」と言うと、もともと博打好きの幽霊、一度に150円を賭ける。「度胸がいい」と褒められますが「もうすぐ夜が明けるから」と言う理由だった。
結局この勝負、幽霊が負けてしまいます。そこでもう一度勝負したいと言いますが「お前にはもう金がない、勝負は出来ない」と言うと、「私は幽霊、決して足は出しません」、と言うお話。
念の為。足とはお金のこと。まるで足が生えているかのように行ったり来たりする、と言う表現。オチの「足は出しません」とは「赤字にはしません」と言う意味。
さてこの落語の元ネタではないかと言う話が「耳袋」の中に有ります。耳袋とは江戸時代、根岸鎮衛と言う奉行が書き残した手記で、なんとも不可思議で理解に苦しむ事件や怪談などが収められています。
その中に「怪竃の事」あるいは「坊主竃」とも紹介されている話があり、ざっと紹介すると
ある人が古道具屋でかまどを買ったが、夜になるとかまどの下から汚い坊主がしきりに手を出してくる。かまどの下に人が入り込める訳はない。古道具屋に、「あのかまどは気に入らないから取り替えてくれ」と最初の値にいくらか足して別のかまどにしたところ、その後は怪事を見なかった。
ところがそのかまどを仕事仲間が買ってしまったらしく気になって様子を尋ねると「かまどの下から奇怪なことが起こる」と言う。
「あれはおれが先に買ったのだが、気味の悪いかまどなので取り替えてもらった。おまえもそうした方がいい」と同じく多少の金を追加して別のかまどと取り替えてもらった。
しかし最初に買った男は気になってしかたがなく古道具屋に聞いてみた。すると売れても何度も帰ってくると言うので、怪事の事を話したら古道具屋は気を悪くし「ケチをつけないでくれ」と言うので「それなら台所に置いて試してみるがいい」と言い残した。
古道具屋も何度も戻って来るのは何か訳があるのかもしれないという気がしてきて、その夜わが家の台所に置いてみた。
すると汚い坊主がかまどの下から手を出して、じたばたと跳ね回るので、かまどを打ち壊したところ、片隅から五両の金子が出てきた。どこぞの坊主が蓄えた金子を隠したまま死んでしまい、その執念が残っていたのだろう、と人々は語ったのである。と言うお話。
これ、元ネタでしょうね。
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日常の隣にある怪談。それを得意とする純瓶 師匠からこれからも目が離せません。
純瓶 師匠はブログ(https://ameblo.jp/shofukutei-junpei/)も随時更新中。こちらも要チェックです。