広告

米朝師匠の訃報から始まった落語人生——Z世代が選んだ「裏方」という生き方

ふじかわ陽子
【PR】
▽電子帳簿保護法の準備はお済みですか?▽

今の若い世代は、どこで落語と接点を持つのでしょうか?そんな疑問を解消してくれる方にお話をうかがってきました。落語会などを企画運営される「鈴芽堂」の代表、藤田麻里さんです。

彼女はまさしくZ世代のど真ん中。さて、彼女はどのようにして、落語と出会ったのでしょうか。

※このインタビューは2026年3月12日に高槻市にて行われました

広告

大学受験失敗…新聞に米朝師匠の訃報が

ーーまだお若いようですが、落語を知ったのはいつですか?

今から10年前です。高校3年生のころ受験に大失敗して、家のリビングでぼーっとしている時に、新聞紙が目に入ったんです。何気なく手にとると、人間国宝の桂米朝師匠の訃報が書いてあったんです。そこで初めて「落語」という芸能文化があるのだと知りました。

ーー私の時代の尾崎豊みたいですね。訃報が文化の入口になる。皮肉ですが。それからすぐ落語を聞いたのですか?

その後、大学が京都女子大学に進学することになり、兵庫県の自宅から下宿に行くまでの車の中でYouTubeで見ました。検索窓に「桂米朝」と入れて、出てきたのは『はてなの茶碗』です。

ーーいかがでしたか?

正直、衝撃でした!今まで私、歴史や時代劇が好きだと言うと、変わった子扱いされてきたんです。それが、米朝師匠の落語を聞いた時に、私の好きなものをすべて受け止められるものを見つけたと感じたんです。

ーートンネルの先が見えた感じ。

それなんです!それに、第一志望に合格していたら、そこには落語研究会がなかったんです。でも、京都女子大学にはある。ほんと、導かれるように出会いました。運命だったと思います。

今だからこそ言えますが、受験に失敗して良かったです。

ーーそれ、親御さんの前で言ったらいかんよ…。

広告

「女の本気、見せたるで」という落研での経験

ーー京都女子大学は、関西唯一の女子大に落研のある大学ですね。落研の交流会ではマスコット的な扱いではなかったでしょうか?

実際、変な目で見られることは多かったように思えます。だからこそ、落語だけでなくお囃子や裏方まで隅々まで完璧にやろうと頑張っていました。その分、厳しかったです。

ーー厳しかったら、辞めようと考えませんでしたか?

全然。私、「女の本気、見せたるで」という感じが好きでした。この時の厳しさがあるから、今でも高座の上の埃も気になるんです。

ーーそういうことに気付く人、一人いたらめちゃくちゃ有難いと思いますよ。

1回生のころ、先輩から教わったんです。「寄席は団体競技やで」って。色んな人がいて回っていく、歯車が回っていく。だから、与えられたポジションを完璧にやりなさいと教わりました。

ーーそれに気付ける演芸関係の人、ぶっちゃけ少ないんです。良い視点を持たせてもらいましたね。では、大学卒業後はすぐ演芸関係の仕事に?

大学卒業後は大学院に進学して、修士卒業後に普通の事務職に就きました。働くことに精一杯で社会人落語も数年休んでしまいましたし、裏方を手伝おうという発想もありませんでした。時々、プロの会を見に行くだけ。

ーー転機になったのは?

桂天吾さんの年季明けです。

広告

同級生がプロに…私も落語の仕事をしたい

ーー天吾さんはファンだったから?それとも、前からのお知り合いだったのでしょうか?

天吾さんは同級生です。他大学でしたが、落研の交流会で知り合っていました。飲み会などで一緒になったりして。その時、私は事務関係の仕事をしていたのですが、上手くいっていなくて…。私も落語の仕事をしたいと思い始めました。

ーー落語家という道もあったはずですが、それは選ばず?

実はある女性落語家に弟子入りしようと、落語会のお見送りの時に声をかける機会があったんです。

でも、「仕事が嫌やから落語家になるのは違うな」と思い直しました。それから、裏方の仕事へ興味を持ち始めました。

ーーそれからすぐ裏方へ?

天吾さんの会を見に行った時、世話人さんから「ノウハウがないから手伝ってほしい」と頼まれたんです。2回目の天吾さんの会のお手伝いの時、喜楽館のお茶子さんから裏方の心構えを教えてもらいました。

ーーそれは?

「噺家さんの3年の修行の重みを大切に仕事をしなさい」と。身が引き締まりました。

広告

プロの裏方を2年間、でも人間関係で悩み…

ーー京都女子大学の落研なら、学生時代からプロの現場の手伝いの機会はあったと思いますが、「プロ」の裏方になってから感じ方は違いますか?

学生時代、米二師匠や塩鯛師匠の会のお手伝いをさせていただいたことはあります。プロの現場は違うと感じました。

社会人になってからは、お客さんから「お金をいただいている」ということを改めて実感しました。噺家さんもただ「出てる」ではなく、「出てくださっている」と。

ーーその違いは大きいですね。

会社員を続けながら落語会の受付やお茶子をさせていただいたり、小さな企画屋さんでマネージャーもさせていただいたりしていました。そうすると、事務員の仕事に違和感を覚え始めたんです。上司に「遊びで落語会を手伝っている」と思われていたのが、悔しくて悔しくて…。

ーー思っていても、それを本人に言ったらアカンわ。

そうしているうちに体調を崩して、退職することになりました。2025年2月のことです。その時思ったのが、「やっぱり落語の仕事がしたい」ということでした。

ーーでも、食えない世界ですよ。出演する噺家もしんどい世界なのに。

それでも食らいついていくしかないと考えていました。小さい企画屋さんのもとでマネージャーとして修行させてもらって、私が企画した落語会も開催して。

その最中、人間関係で悩むようになったんです。お世話になっている企画屋さんと向いている方向が違うと感じる出来事が多過ぎて。

バスに飛び乗り出雲へ

悩んでいる時に、初めて私の名義「鈴芽堂」で落語会を開催したんです。2025年10月19日、会場は「猫も杓子も」で出演者は笑福亭鶴二師匠と月亭秀都さんで、お客さんは23人お越しいただきました。

手ごたえを感じ、気付いたら出雲行きのバスに乗っていました。

神有月の稲佐の浜を歩きました。日本海の波を眺めていたら、「ここじゃない場所もあるかもしれない」と思ったんです。

この出雲行きで、地元の方と話す機会もありました。皆さん、「落語に興味がある」と言ってくれました。そこで気付いたんです。

私、落語と不誠実に向き合いたくない。

ーー出雲で決意を新たにした、と。

それから企画屋さんを辞め、2025年12月に独立することになりました。この時、今まで知り合った噺家さんたちに応援していただきました。

ーー頑張るしかないですね。

でも、同時期にパニック発作が出るようになったんです。電車の中で倒れたこともあって、思うように動けない時期もありました。最近ようやく合う薬が見つかったので、お茶子でも受付でもどんどんお声がけしてほしいです。

将来は小さな寄席小屋の席亭になりたい

ーーそんな藤田さんの、将来の夢はなんですか?

落語会空白地帯の城東区の「レンタルスペースぱれっと」での地域寄席を確立させたいと考えています。あと、「レンタルスペースぱれっと」を中心に、色んな会場を転々とする落語祭りみたいなこともしたいですし、夢は広がっています。

ーーその前段階として、4月5日から始まる「花笑み寄席」がある感じでしょうか?

いえ、前段階というより、今は「花笑み寄席」に全力投球です。6月に第2回も予定しています。

私、つらい時に落語に救ってもらったんです。受験に失敗した時も、仕事がしんどい時も、いつも落語に救われてきました。だから、私の会に来てくださった方の心に残るものを作りたいと考えています。

大変な時に落語に助けられてきたので、落語に恩返しがしたいんです。常に落語に誠実であり続けられるように、裏方を極めていきたいと考えています。

落語に嘘をつきたくないから。

ーー応援しています。でも、生活の方は…。

あ、私、骨董品の販売をしているんです。つまり「道具屋」でもあるんです。

ーーああ、生活までも落語や。有難うございました!

更新の励みになります。ご支援のほどをよろしくお願いいたします

4月5日はレンタルスペースぱれっとへ

今回は鈴芽堂代表の藤田麻里さんに、じっくりお話をうかがいました。骨董品のお話も楽しかったのですが、それはまたの機会に。

藤田さんが主催する「花笑み寄席 巻の一 笑福亭呂翔の段」は4月5日(日)に城東区レンタルスペースぱれっとで開催されます。小さな会場なので、高座の熱気がダイレクトに伝わってくるはずですよ。

花笑み寄席 巻の一 笑福亭呂翔の段

日時:2026年4月5日(日) 13時半開演(13時15分開場)※14時半頃終演予定
場所:レンタルスペースぱれっと(大阪府大阪市城東区諏訪1丁目18−3)
   JR放出駅南口より徒歩約3分

出演:笑福亭呂翔
料金:1200円(予約・当日とも)

予約方法:予約フォーム、または問い合わせ先メールアドレスまで
     https://forms.gle/5CrKv8QsrpcVAz2t8

主催・お問い合わせ:鈴芽堂 suzumedoo@gmail.com(藤田)