笑福亭純瓶 師匠は、鶴瓶師匠門下の落語家。優しい語り口と温かい笑顔が印象的です。落語にちなんだ場所を歩く企画もされておられ、普段の生活と落語を結びつけることを得意としています。
その純瓶 師匠が一心に取り組んでおられるのが「怪談」です。古典落語の怪談噺から、現代の都市伝説まで幅広く網羅。得た知識を高座にフィードバックしているため、聞くとストンと腑に落ちます。
今回は、落語『夢八』が今まで以上に楽しく聞けるマメ知識についてつづっていただきました。
ほんの少し知っていると楽しさ倍増 ~落語「夢八」のお話~
300年以上の昔から語り継がれてきた落語は頓知の効いた落とし噺で人々を楽しませてきた大衆芸能です。
そんな上方落語の中の一つに「夢八(ゆめはち)」という噺があります。正しくは「夢見の八兵衛」と言い、ご存知のない方のためザッとあらすじを申しておきますと、時代は江戸末期から明治、大正、昭和初期。この辺りは落語ならではの特徴で時代背景はざっくりとしております。
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主人公の八兵衛という男、この男には困った癖がありまして、そのお陰でなかなか定職につけません。最も昔の話ですし特に落語の中の世界で貧乏長屋に住んでいる連中はほとんど定職についている者は居(お)りませんでした。ほとんどが江戸で言う処の雲助、つまり昨日はあちらの日雇いの仕事をしていたかと思うと今日はこちらの仕事をしている、まるで空に浮かぶ雲のようにフラフラと根無し草のような暮らしで敢えて言うとフリーターみたいなものなんですが、これはそんなに珍しい事ではなく昔は結構そんな人が多かったんですな。
さてこの八兵衛の困った癖というのが、いつでもどこでもスグに居眠ってしまい夢を見てしまうというもの。そんな癖を持っていますからそりゃなかなか仕事にありつけませんでした。
しかしそんな八兵衛にある時、世話好きの甚兵衛さんから呼び出され、行ってみると1日だけの仕事を頼みたいとの事。「小遣い銭くらいにしかならんで」「わたい(私)小遣い銭にも困ってますねん」と二つ返事で引き受けますと、やって来たのは甚兵衛さんの借家。「とにかく此処で明日の朝まで留守番をしてくれてたらええから。しかし言うとくで、寝ずの番やさかいな、寝たらあかんで」と弁当と割木(わりき=焚き木のこと)を渡されます。割木は寝ないために朝まで床を叩き続けるためのものでした。
豪華な弁当に喜ぶ八兵衛でしたが甚兵衛さんが去り際にひと言、「目の前に吊るされている莚(むしろ=敷物、シートのような物。類似品にござ、こも等がある)の向こう側は決して気にするな」と言い残し、外から鍵を閉めて逃げる様に帰って行きます。
一人残された八兵衛、人間不思議なもので気にするなと言われたら余計に気になって仕方がない。つい覗いてみるとナント、この部屋の住人が首を吊って死んでいたのでした!実は役人から「検視は明日の朝にするから、それまでは誰も触ってはいかん!」と言うキツいお達しが有り、一晩番をする人間が必要だったのでした。
怖くてワーワー泣いている八兵衛、その声に「何事か?」と一匹の野良猫が屋根の天窓から覗きます。野良猫と言っても何年生きて来たのか大きな大きな体の猫で、尻尾などは二股に分かれていると言う本当の化け猫です。こいつが「あぁ、この男首吊りの番をさせられてるのか、しかしエラい怖がりやなぁ、面白いな、もうちょっと怖がらせてやれ」と悪い猫もあったもんで、天窓から首吊りめがけて息を一つ「フー」と吹きかけますとボツボツ首吊りが喋り始めた。
「番人、番人」
「うわー!喋ったー!」
「寂しい夜やなぁ、伊勢音頭を歌ってくれ」
「歌えますかいな、堪忍しとくなはれ!」
と断りますが、結局歌わされ、それに合わせて首吊りが踊り出すと、紐が切れて遺体が八兵衛の上にドスンと落ちて来ます。
翌朝、甚兵衛さんが迎えに来ると「あ!やっぱり寝てるやないか!起きんかいな!」と八兵衛を起こそうとしますと八兵衛が「♩伊勢はなぁ~、七度~」と歌うものですから甚兵衛さん「あ~、伊勢参りの夢見てる」、と言うお噺です。
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これは落語のジャンル分けで申しますと怪談噺になります。怪談と申しましても落語ですから滑稽噺、いわゆる面白い話です。現在でも大変面白く楽しんで頂けるお噺ですが、実は昔の方が更に楽しめる噺でありました。
それは古い都市伝説で「猫は遺体を弄ぶ」と言われていて昔は誰もが知っていた伝説で、かなりの人が信じていたのでした。時代劇などでも遺体に猫が近づいてくると登場人物が「猫を近づけるな!」と大声で怒鳴るシーンなど結構有りますが、どうしてか、までは描かれておりません。この伝説を誰もが知っているからです。
また昔話でも猫の魔力や霊力を描いたものもが多く存在し、昔流行った人気アニメなどでも多く扱われていました。更に「怪猫シリーズ」の芝居や映画なども昔は流行ったものでした。ですのでそんな時代に夢八を聴いたお客はどこかリアリズムを感じながら現在よりも一味も二味も楽しんだ事だと思います。そんな伝説を頭の片隅に置きながら「夢八」を一度お楽しみ下さい。
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日常の隣にある怪談。それを得意とする純瓶 師匠からこれからも目が離せません。
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