落語家の弟子の仕事には、どのようなイメージがあるでしょうか。客席から見ていると、あまりピンとこないかも知れません。その答えを桂枝女太師匠につづっていただいています。
楽屋での仕事や過ごし方、今まで知らされていない世界がそこにはありました。
緊張感のある弟子修行、一緒に胃をキリキリさせながら追体験しませんか?桂枝女太師匠の思い出コラム第5回の始まりです。
修業
弟子の仕事で一番大切なのが師匠のお世話、身の回りのお手伝いだ。
師匠は吉本興業の所属で、当時は月のうち二十日間は劇場に出ていた。吉本の劇場は、うめだ花月、なんば花月、そして京都花月の3館があり順番に出番がある。
今でこそなんばグランド花月(NGK)でも上方落語協会の天満天神繁昌亭でも一週間ごとの出番だが当時はひと月を十日ずつ三つに分けて、1日から10日までを上席(かみせき)、11日から20日までを中席(なかせき)、21日から月末までを下席(しもせき)と呼んでいた。今でも東京の寄席はこのシステムだ。
上席がなんば花月、中席が休みで下席が京都花月、というような具合で二十日間の出番。
私が入門する数年前までは30日間出ずっぱりだったそうだ。
劇場は平日は12時からと午後4時半頃からの2回興行、日曜や祝日はもう少し早く始まり3回興行だった。
師匠の出番はたいていモタレ、つまりトリのひとつ前。
トリは通常は漫才。やすし・きよし、人生幸朗・生恵幸子、ダイマル・ラケット、島田洋之介・今喜多代、Wヤング、チャンバラトリオなどの人気者がトリを勤めていた。
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楽屋入りしお茶の用意をする。その後は師匠からなにか言われないかぎりとくに用事はない。うめだ花月やなんば花月では楽屋口を入ったところ、京都花月では弟子部屋のようなところで待機している。
もちろんその間もいつ師匠に呼ばれるかわからないので、勝手に出歩くことはできない。他の師匠方の弟子さんたちとお互いグチなどを言いながらの待機だ。
師匠の一本前の人が舞台に上がると着替えのお手伝い。
楽屋へ行き脱いだ洋服をハンガーにかけて着物を出して足袋、長襦袢、着物、帯、羽織の順に渡し、最後に噺家の一番大切な道具である手拭と扇子を渡して終了。
師匠はかなりオシャレに気を遣う人で、私服はたいていブレザーにスラックス、きっちりスーツを着てネクタイを締めてということも珍しくなかった。靴はあの頃流行っていたエナメルの革靴、中でもツートンカラーのコンビといわれるものがお気に入りだった。
その靴を磨くのも弟子の仕事のうちだが、磨けば磨くほどピカピカになる磨きがいのある靴だった。
この当時の師匠は40代後半。現在の40代から50代の噺家で、とくに必要もないのにきっちりスーツを着て革靴を履いてという者はほとんどいない。たいがいポロシャツとジーンズ、それにナイキかニューバランスのスニーカーだ。時代の違いを感じる。
着替えが終わると舞台袖へ。ここでお茶を渡して師匠が一口飲む。前の人の出番が終わりいよいよ師匠の出番だ。
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花月劇場はかならず最後は吉本新喜劇と決まっていた。その前が演芸なのだが吉本の場合漫才が主流で落語は一本、たまに二本のときもあるがたいていは一本だけ。
持ち時間はベテランも若手も関係なく15分。この15分間が弟子としては一番ほっとできる時間だ。なんせ師匠は舞台の上、呼ばれることは絶対にない。オチの2分ぐらい前にお茶とおしぼりの準備をする。
それまではなんの用事もない。師匠の出番のあいだ弟子は袖から師匠の舞台をしっかりと見て勉強をする、これがタテマエというか当たり前のことなのだが、なかなかそんなにストイックにはなれない。ホッと気を抜いているというのが現実だ。
もちろんまったく舞台を見ていないわけではない。要所要所はちゃんと聞いている。それでないととんでもないことが起こることもあるからだ。
どんなことが起こるかというと師匠も人間、ネタが途中でスッポリと抜けてしまうこともあるからだ。そうなると15分の高座が12分ぐらいで終わってしまうこともある。そこは気をつけていないとお茶やおしぼりを準備することができない。
まあそんなことは滅多にないが、それでも10日間のうち平均1回ぐらいはあったように記憶している。
私が付いているときによくやっていたネタは「四人ぐせ」と「鹿政談」。どちらも何百回と聞いたネタなので今では私の得意ネタにもなっている。覚える気がなくてもそれだけ聞いていれば自然に覚えますって。
舞台から降りた師匠に舞台袖でおしぼりを渡してそのあとお茶を渡す。
ひとくち飲んで楽屋へ。すぐに衣装を脱いで私服に着替える。弟子はその着物をたたんで、襦袢はハンガーにかけてという作業をテキパキと進める。
それまで自分の服もまともに畳んだことのなかった私には、とても新鮮な仕事だった。
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次回の桂枝女太師匠のコラムは、7月31日公開を予定しています。うめだ花月で楽屋仕事のご苦労をつづっていただいています。そんなことがあったとは……。お楽しみに!
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