新人は失敗がつきもの。失敗を繰り返して成長をしていきます。当然、落語家も入門したての弟子は失敗だらけ。今では考えられませんが、桂枝女太師匠もそうだったとのこと。
一般的な会社勤めと違うのは、こんなことも失敗つまり「しくじり」になるということ。ちょっとビックリです。
読者であるあなたも新人時代を思い出してみてくださいね。桂枝女太師匠の思い出コラム第6回の始まりです。
しくじり
なんば花月と京都花月は楽屋が広かったのでよかったのだが、問題はうめだ花月だ。
元々は映画館を改造した劇場だったので楽屋らしき楽屋がほとんどない。奈落(ならく)といって地下2階に多少楽屋らしき部屋があるのだがそこは若手部屋。師匠方をそんな地下へ押し込むことはできない。
そこで1階と地下1階とのあいだの踊り場を少し広くしたようなところが師匠方の楽屋に使われていた。
狭い・・・とにかく狭い。
なお悪いことにその狭い楽屋でベテランの師匠方が麻雀をしている。最悪だ。まともに着物をたたむスペースすらない。
しかしグズグズしていると師匠に怒鳴られる。麻雀をしている師匠方は口ではなにも言わないが「要領の悪い子やな」みたいな目でこっちを見ている。まあ弟子というのはこういうものです。
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1回目の舞台が終わると次の出番まで4時間近くあるので昼ご飯を食べに外に出る。もちろん弟子も連れて行ってもらう。師匠と一緒に食事、結構気詰まりだがこっちも若い、食べ盛り、一番の楽しみの時間でもある。毎日日替わりで劇場の近所の店へ。
店に入って席に着くと師匠が「今日はわしはこれにするわ」と注文を決める。当然のことだが弟子はそれ以上の金額のものは頼めない。それより安いものを頼むか最悪同じものを頼む。
うちの師匠はとにかく食べるのが早い。無茶苦茶早い。芸人は食事時間が不規則で、仕事の合間にさっさと食べてしまわないといけないので早く食べる癖がつくと先輩芸人に聞いたことがあるが、それだけでは説明できないぐらいに早い。もちろん弟子は師匠より早く食べ終わらないといけない。師匠を待たすわけにはいかないからだ。
一度大失敗をやらかした。
うめだ花月の出番のとき、お初天神通りを少し西に入ったところにある「珉珉」という中華屋さん。師匠はラーメン、私は炒飯を頼んだ。そのとき師匠が「ここのたまごスープ旨いねん。おまえ頼んだらええ」と言ってくれたので注文した。
金額は師匠の品より高くなったが師匠がそう言ってくれるのだからそれは問題ない。
問題は・・・熱い!
たまごスープがとにかく熱い。師匠は熱いものは平気でラーメンはどんどん減っていく。私も猫舌ではないが普通の舌だ。
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できたてのたまごスープをごくごく飲めるわけがない。これはやばいと思い、口の中の火傷を覚悟で必死で食べているとなんと師匠がラーメンを三分の一ほど残したところで「もう食えんわ。もしよかったら残り食べてくれるか」
ええーーーー!!!師匠の残り物を食べるのはかまわないが、こっちはまだ自分の分が相当残っている。落語「手水廻し」のサゲ状態(わかる人だけわかっていただければ結構です)。
こうなったらもう度胸を決めるしかない。マイペースで食べさせていただくことにした。師匠もしばらくは待ってくれていたが、なんせいらちの師匠。「わし先に楽屋へ帰ってるさかい」・・・しくじった。
読者の皆さんの中には「これは仕方ないでしょう」と思ってくださる方もいると思うが、我々の世界ではこれは完全なしくじりだ。
師弟関係とはこのようにある種理不尽な場合も多々ある。しかしこれを乗り越えるのが修行だと先輩方からは教わる。どんな修行になるのかはよくわからないが。
それからの三日間ほどは上あごの火傷に悩まされる日が続いた。