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【高槻100年らくご】淀川三十石船舟唄大塚保存会 市川廣会長に聞く~「気付いたら60年経っとった」

ふじかわ陽子
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7月4日に開催される「高槻100年らくご」へ特別出演していただく、淀川三十石船舟唄大塚保存会の市川廣会長に、お話をうかがってきました。

市川さんは昭和16年生まれ、85歳。高槻市役所勤務時代から舟唄を始め、今では芸歴が60年に。

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この唄はええ唄や

ーー今、謡われている舟唄は、どなたから習われたものですか?

親父やね。親父さんは明治41年8月生まれやから、もう三十石船はなくなってたけど。この辺りだけで乗ってたんちゃうかな。

ーーそしたら、三十石船の舟唄というのは?

俺のお祖父ちゃんが若いころに、「この唄はええ唄や。残さんといかん」というので、三十石船に乗せてもらって、船頭見習いやな。それで覚えた。江戸時代の終わりからやろうね。

その頃の船頭は身分が低くて、小豆島や呉から来た人がやっていたと聞いている。京阪沿線の人が船に乗り始めるのは、明治に入ってからや。

ーーお祖父さんは小豆島や呉のご出身だったんですか?

いや、高槻の大塚。俺も親父さんも、みんな大塚生まれ。

ーーそれなのに、舟唄を残さんといかんというのは、先見の明がありますね。

そう。よそはそんな唄あらへん。京都の伏見から大坂の八軒屋までの、長い景色を唄ってるからね。

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淀川と生きる

ーー今、唄われているのは下りの舟唄ですが、上りの舟唄はあるのでしょうか?

あらへん。昔の川は夏に水が足らんくなる。三十石船が通ってる時は、お客さんが船から降りて船を押すこともあったそうや。唄っていられへん。今でも、前島辺りからなら、歩いて枚方まで行けるで。

ーー枚方大橋から見えますね。砂地のところが。

明治10年に外輪船が走る時には、底を掘って通れるようにした。今は枚方大橋の手前までしか砂を掘らへん。せやから、歩いていけんねん。

--今は船に乗って京都まで行かなくなりましたもんね。

時代の流れやな。淀川の流れも、今と昔では違うねん。今は枚方の方に流れていってるけど、昔は大塚の方に流れてきてたんや。昔は堤防といっても「堤」で、3~4日大雨が続くと、すぐ堤が切れた。山崎辺りがよく切れてたね。大塚も切れた。

それで大塚に堤防を作るというので、大冠に疎開。

ーーいつぐらいのことなのでしょう?

俺が小学生のころの昭和20年~25年ぐらいは、堤防が2つあったな。それより前やね。土汽車で高槻の山、大蔵司からトロッコを3つも4つもつなげて、土を運んで堤防を作ったと聞いてる。

--水との戦いや……。

1つ目の堤防は、今はあらへん。水の中や。でも、懐かしいな。小学生のころは、淀川に泳ぎに行くのに、堤防を2つ超えてた。

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言葉にならない小さな音

ーー話を舟唄に戻しますが、市川さんはいつごろから舟唄を唄われておられるのですか?

25歳のころやね。それまでは親父さん一人が唄っとた。昭和39年に村の人から10人ほど呼んで、唄を教えて保存会を作りよったんや。

ーー市川さんも最初から保存会のメンバーで?

うちの自宅で教えとったから、俺もまあ唄おかという気になった。5つや10も年上の人が習いに来てる。やらんわけにはいかん。気付いたら、第1期生は俺だけや。他の人は、みんな亡くなったな。俺が一番若かったから。

ーー寂しいですね……。皆さんで並んでお稽古されておられたのですか?

その時分、テープなんかあらへん。うちの親父さんが唄うて、それを聴いて唄うた。歌詞は親父さんが書いて渡してくれたけど。

ーーテープやCDがなかったら、再現性というか、同じようには難しいのでは?

せやなあ。レコードも何もないから、そら難しかったで。「違う、もっと早く」やら、厳しく稽古した。10人おったら2人、違う唄い方をする。歌詞と歌詞の間に「い」や「あ」をつけやなあかんねんけど、歌詞にはあらへん。これを直していく。

ーー言葉にならない小さい音みたいな感じで。

そう。昔の唄やから、今の言葉やないねん。

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変わっていくもの、残るもの

いうても、舟唄だけやなく全国の民謡は少しずつ変わってんで。歌詞は同じでも唄は違う。お祖父さんと親父さんの唄、全然違うからな。俺と親父さんとでも変わっているかもしれん。

ーー口伝の難しいところですね。それでは、これからも変わっていくのでしょうか。

これからは変わらん。俺、テープを残してるもん。親父さんのもあるよ。

毎年、高槻しろあと歴史館で舟唄の研修会をしてんねん。全部は全部覚えやんでもええから、一人でも唄えるようにしよと。上手な人もおるけど、保存会に入るという人はおらへん。

ーーどこも後継者問題はありますね。

昔からの唄を継承するのはしんどいで。芸が好きな人がようけおったらええけど、唄うたろかという人は少ない。カラオケなら歌えるやもしれんけど、そら恥ずかしいやんか。好きやないとアカンわ。すぐ嫌やと辞めてしまう。

ーーもし、高槻以外の人が舟唄を習いたいと言ってこられたら、どうされますか?

来てもらったら、教えるよ。まずは聴いてから考えてもろたら。

ーー市川さんは舟唄が好きだったんですか?

俺は好きやも何もない。さっきも言うたけど、家でやってたから習おかと。そしたら60年経ってたわ。

ーー有難うございました!

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クロスパル高槻でお待ちしています

今回のお話を読んで舟唄にご興味を持たれた方は、ぜひ「第1回高槻100年らくご」にお越しください。「やれさぁ~」の掛け声に、昔の風景がふわっと浮かび上がってきますよ。お待ちしています。

舟唄を習いたい方は、保存会の練習日である第2・4火曜日19時半に南大冠公民館の1階和室を直接行っていただくか、寄席つむぎにお問い合わせください。

淀川三十石船舟唄大塚保存会のあゆみ

昭和39(1964)年 淀川三十石船舟唄大塚保存会発足

昭和45(1970)年 東京国立劇場、日本万国博覧会(大阪万博)に出演

昭和60(1985)年 高槻市無形民俗文化財指定

平成14(2002)年 大阪府無形民俗文化財指定

平成17(2005)年 皇太子殿下(現・天皇陛下)ご臨席の「全国みどりの愛護のつどい」で舟唄を披露

平成22(2010)年 NHK大河ドラマ『龍馬伝』出演者への舟唄指導を担当

平成25(2013)年 大阪府知事表彰(文化芸術功労賞団体の部)受賞

平成27(2015)年 JR西日本主催「地域伝統芸能フェスティバル」に大阪府代表として出演

他、テレビ・ラジオに60番組以上出演