名人と謳われた三代目桂春団治師匠。落語以外の仕事はほとんど断るという徹底した落語家でした。その名人が晩年、弟子の春若師匠に伝えた言葉とは……?
じんわりと観客に染み込ませる名人の技と、高座へのプライド。それを春若師匠の視線から描いていただきました。桂春若師匠の思い出コラム、第2弾の開幕です。
春団治落語
家(うち)の師匠は落語以外の仕事は、ほとんどやりません。
「わしがお金もらえるのは落語だけや」と云うてはりました。
もちろん、他の仕事も依頼は来ますが、まず断ります。
一度、伊丹のショッピングセンターでオークションの仕事をしたことがあります。ギャラがよかったのでしょうか?私も一緒でした。
「若、頼むでぇ~」
と云ってほとんどオークションでは喋りませんでしたが、お客さんには凄く気をつこうてはりました。
素人落語のコンクールの審査員の時も「素人はんが好きで落語してくれてはんねん、誰が上手いとか下手やとか云うて、差をつけることはないやろ。全部の人に合格点上げたいくらいや」と……。
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春団治落語は【練りに練った完成品】と評価されています。一番の特徴は【マクラを振らずにスーッと咄に入る】と云うことでしょう。
普通はマクラで徐々にエンジンをかけて本題に入りますが、師匠はそれがありません。その代わり舞台袖にスタンバイは早い。
前の人の咄を聴きながらエンジンをかけているのです。マクラを振らないから高座の時間はほぼ分かります。
ある時、岡山と鳥取の県境にある奈義町と云う処へ、師匠と私とさなぎ(後の昇蝶)と3人で公演に行きました。ふるさと創生基金で出来たハコモノ、綺麗なホールでした。お客さんは300人位。
係の人に「持ち時間はどれくらいですか」と尋ねると「去年かしまし娘さんに来ていただいて、講演と漫才で2時間演って貰いました。まぁその辺で…」と…
3人で2時間です。私とさなぎの腹は2人で1席ずつ喋って、師匠が2席で2時間だと思っていました。
すると春団治が
「ほな1人40分ずつ演ろう」
「えー」
私とさなぎはマクラを振って何とか40分演りましたが、師匠の持ちネタで40分はありませんし(一番長い『皿屋敷』で30分程度)マクラを振らずにどうするのか?
と『子ほめ』に入りました。『子ほめ』はどう演っても20分程度です。どうすんのかと見てると、20分程度で『子ほめ』が終わりました。
すると落ゲ‘「タダとしか見えん」と云った後で「この子供がヤンチャな子供に成長いたします。こういう長屋の子供がぎょうさん集まってみなはれ、そらもう大人もそこどけ仕事も何もさしよらんさかい」と『いかけや』へ入っていきました。
『子ほめ』と『いかけ屋』を継いだんです。こんなリレー落語初めて見ました。
亡くなる半年ほど前夏のご挨拶に行った時のことです。珍しく師匠の方から
「最近面白い落語はあるけど、いい落語がなくなった。いい落語せなあかんぞ」
と仰っていました。
「いい落語」とは、私なりに解釈しているつもりです。
「いい落語とは」…….
と云う処でちょうど時間となりました。