スポンサーリンク

優々の音楽A to Z~SE~桂優々

寄席芸人コラム
スポンサーリンク

東京と大阪で活躍中の桂優々さんが寄席つむぎ初登場です!多趣味な桂優々さん、その中でも音楽に関しては深い知識とたくさんの思い出があるとのこと。寄席つむぎでは、邦楽ロックについてつづっていただきます。

今回は優々さんの自己紹介を。この機会に優々さんと優々さんの感じる世界に触れてみませんか?お楽しみください!

SE

初めましての方は初めまして。
そうでない方はお久しぶりです。

桂優々と申します。

連載するにあたり、私の事を知ってもらう為に自己紹介、どの様にして落語と出会ったか、そしてどのような事を書いていくかお話します。

よろしくお願い致します。

まずは自己紹介から。
桂米朝一門の落語家で師匠は桂雀々、滋賀県出身で芸歴は11年。
桂雀三郎師匠や林家染二師匠、後輩だと寄席つむぎで連載を持っている月亭天使、桂よね一、東京では雷門音助と同じ、仏教界の東大と言われている龍谷大学出身です。

趣味は、高校まで野球部だったのでやるのも観るのも野球が一番。
けどスポーツを観るのは好きです。

そして甘党です。

打ち上げとかでお酒も楽しく飲みますが、ビールよりケーキ、喫茶店行ったら三つはペロリと食べちゃいます。

そして何より音楽、特に邦楽ロックが大好きです。
そんな私がなぜミュージシャンじゃなく落語家になったのか。

落語家になる前からお笑いは好きでした。

土曜日は吉本新喜劇を毎週観てましたし、漫才番組は録画するほど。

私が中学生の時は、「タモリのボキャブラ天国」で売れていった芸人さんの波も落ち着き、NHKの深夜に始まった「爆笑!オンエアバトル(以下オンバト)」からお笑いブームに火がついていく頃で、私も野球で疲れた身体にむち打ち夜中まで必死に起きてオンバトを必ず観ていました。

学園祭で友達が漫才してると、
「うわっ〇〇のコピーや。」
とか、
「〇〇のパクってるな。」
なんかわかるくらい。

そんなお笑い好きだった私が落語に出会ったのは高校生の時、学校落語がありました。

ただ当時の僕は、「落語なんて古いもの」と言う固定概念が捨てれず、そして野球の練習の疲れも相まってほぼ寝ていたに等しい状態で落語を聴いていました。

面白くないとは思わなかったですが、寝ることに必死で無反応でした。
当時来て頂いた松枝師匠、仁智師匠すみません。

そして「落語なんて古いもの」と思っていた私が落語をするきっかけになったのが大学入学です。
野球部に入りたかったのですが、一浪してしまい体力が劇的に落ちていました。
他に好きな事を思い、漫才をしようと決めました。

大学から配られる冊子を見て、お笑いサークルや漫才サークルを探したのですが龍谷大学にはありませんでした。

そんな中、落語研究会の紹介を見ると「サンボマスター」と言うロックバンドのCDジャケットを使い落語研究会がどんなサークルか大喜利の様な形で書かれていました。

当時私はサンボマスターにどハマりしていた頃でとても気になり読んでみると、
「落語だけでなく、漫才、漫談、三味線も弾けます」
と言う文字が。

すぐに落語研究会のブースに行き入部する事を決めました。

ご感想をお寄せください

落語研究会に入部した大学生の桂優々さん、これからどのようなモノに触れ合っていくのでしょうか。これからも楽しみですね。ご感想は優々さんのSNSか寄席つむぎまでお寄せください。

桂優々さんはFacebook(https://www.facebook.com/yuuyuu.katura)も随時更新中。こちらも要チェックです!

執筆者
桂優々

昭和61年滋賀県高島市に誕生
平成21年、桂雀々に入門
龍谷大学卒業後、桂雀々に入門、同年7月「雀々の夏の噺を聴こうの会」で初舞台。基本に忠実かつ力強い高座で入門わずか3年で第13回新人お笑い尼崎大賞最優秀賞を受賞。入門5年後にはHEPホールで記念の会を開催するなど、活躍が目まぐるしい若手。大阪と東京の二か所に拠点を持ち、全国を奔走中。音楽フェスに足繁く通うスイーツ男子。 

桂優々をフォローする
寄席芸人コラム 桂優々
スポンサーリンク
桂優々をフォローする
寄席つむぎ