笑福亭鶴光師匠に入門のお願いをした若き日の笑福亭里光師匠。OKなのか分からないまま、浅草演芸ホールの楽屋に鶴光師匠を訪ねます。そこで着物の着方と畳み方を教わり、今度は新宿末廣亭に来るように言いつけられます。さあここでドラマが起きます。
ドキドキハラハラの笑福亭里光師匠の自叙伝、第6回のスタートです。
まさかの楽屋
こんにちは。笑福亭里光です。
前回は脱線してしまいました。
えーっと何でしたか?そうそう鶴光に「末廣亭にも来い」と言われたお話でした。
新宿末廣亭に着いてから困りました。これまで客としてしか来たことがない。なので楽屋がどこなのか分からない。熱心なファンなら通ってるうちに自然と分かるもんなんでしょうが、僕はあまり熱心ではなかったみたいでして。。
ならば木戸(受付け)の人にでも聞けば良かったんでしょうが、それは何だか恥ずかしかったんですね。恥ずかしいというか気まずいというか。
ただ常識から考えると「バックヤード」は大抵裏にある。劇場のバックヤードである楽屋も裏にあるに違いありません。建物の反対側に回りました。
ご存じの方も多いと思いますが、末廣亭界隈は建物が隙間なく並んでおります。末廣亭の両側もお店がいっぱい。その1つのブロックごと裏へ回ります。
ちょうど末廣亭であろうと思われる建物の裏手へ着きました。ホールみたいに「(末廣亭)楽屋口」とあれば分かりやすいんですが、そんな表示はありません。
どこやろう??
間違ってよそのお宅に侵入でもしてしまったら大変です。
その時でした。「楽屋」の文字が目に入ったのは。提灯が吊るしてありましてね、楽屋と書いてある。そばまで行ってみると階段があります。
2階なのか!?
何か違和感を覚えながらも、その階段を上っていきました。だって「楽屋」って書いてあるし。こんな分かりやすいことはない。
やがてカウンターとテーブル席が見えてきました。カウンターの中には洋服を着た女性の姿が。その女性が静かに仰いました。
「いらっしゃい」
いらっしゃい!??
僕の頭は混乱します。
カウンターがあってテーブル席があって「いらっしゃい」・・
浅草演芸ホールの楽屋のような畳も着物姿の人も何も見えない。「ここが寄席の楽屋である筈がない!」と頭の中で主張する自分がいます。
しかしながら一方で「だって楽屋と書いてあったじゃないか、ここは楽屋なんや!」と主張する自分もいる。
実際に声を発するまでどれくらいの時間があったのでしょう。おそらく数秒だとは思うんですが、僕の戸惑う姿を見たら理解なさったんでしょうね、客ではないと。「あのう、」と言った瞬間でした。
「末廣亭の楽屋はここじゃないわよ」
喫茶「楽屋」は今もその当時のままに営業しています。多くの飲食店がそうであるように、ここもまたコロナ禍で大変だったかもしれませんが。
主に芸人が使っているんじゃないのか?と思われがちですが、会社員の方とか普通に休憩されてます。
軽食もありますしね。もちろん芸人も使っておりますよ。
あ、そうそう、僕のようなのがいるからなのかは分かりませんが、今は「喫茶楽屋」と看板が設置されメニューの一部が貼ってあります。
せっかく早めに行ったのに遅刻してしまいました。その日は師匠から何を言われたのか、全く覚えておりません。
ただ帰って鞄を開けると、師匠が吹き込んでくれた「寿限無」のテープが入っていました。まずこれを覚えろ!ということなのだけは確かなようです。