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⑰ラジオ番組のレポーター~師匠五代目桂文枝と歩んだ道:桂枝女太

桂枝女太

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年季中からテレビ番組のレギュラーになり、いつの間にか年季明けをしていた桂枝女太師匠。年季明けしてすぐの落語家は、仕事がなく大変な思いをするのが常。それなのに、桂枝女太師匠はそうでもなかったそう。

今回は桂枝女太師匠にラジオ番組のレポーターをされていた時のエピソードをつづっていただきました。テレビ番組とは一味違ったご苦労があったよう。お楽しみください!

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ラジオ番組のレポーター

年季が明けた頃の若手の落語家というのは、経済的には苦しいことが多いが精神的には充実している。とくに私の場合は充実していたように思う。

師匠に付いている頃からテレビのレギュラーを持たせてもらったことは前に書いたが、年季明けしてしばらくすると今度はラジオのレギュラーの話しがやってきた。

大阪の朝日放送でテレビに出してもらっていた関係で、同じ朝日放送のラジオ番組からお声がかかった。

「トヨタさわやかパトロール」という番組。午前中の番組で、昨年(2020年)亡くなった船場太郎さんがメインキャスターを勤めていた。

船場太郎さんはご存知の方も多いと思うが、元吉本新喜劇の二枚目俳優として人気者に。

後に大阪市議会議員に転出し、それからは一切芸能活動をせず議員一筋で頑張ってこられた方だ。

私の役目はレポーター。FMカーと呼んでいた米国製キャデラックの大きなステーションワゴン。その車に生放送ができる機材が積んである。

大阪府内はもとより、ときには他府県にも出かけていった。

にがい想い出がある。取材先の乗馬クラブでのこと。

なんと、生放送中に落馬するという事故(放送事故?)を起してしまった。

生まれて初めての乗馬。それでもすぐに馴れた。もちろん馬がきちんと調教されていたからだ。

本番前に練習をして、本番では馬に乗りながら乗馬の楽しさについて話しを聞くという趣向。それが・・・なんと本番中に乗っていた馬が暴れだし、見事に振り落とされてしまったのだ。

なぜしっかりと調教されたおとなしい馬が突然暴れだしたのか。原因は当然私にあった。

ラジオの生放送のレポートである。当然手ぶらで乗っているわけではない。マイクはピンマイクを胸に付けていたが、左手に番組の進行表を持っていた。右手はもちろん手綱を握っている。

ひとりで感想などを喋っているときはよかったが、馬を停めてクラブの人に話しを聞く、つまりインタビューするときに、一度馬から降りて聞けばよかったものを時間が勿体ないので乗ったまま話しを聞くことになった。

マイクは私のピンマイクのみ。相手の声がよくマイクに入るように少し体を左に傾けた。そして聞いている最中に突然暴れだしたのだ。

よくわからなかったが、どうやら私がインタビューに気を取られて左手に持っていた進行表が馬の耳に触れたらしい。馬は敏感な動物でそれにびっくりしたのだろう、走り出したのだ。

私は馬以上にびっくりした。なんせ生まれて初めて乗った馬が暴れだした。一番恐かったのは馬が柵の外へ出てしまうことだったがそれはなかった。柵で囲まれた敷地内をグルグル廻りだした。私は必死で手綱を握り、振り落とされないようにするしかなかった。走り出した馬を止める方法なんて習ってない。

そのうち馬が走るのをやめた。しかしホッとしたのは一瞬だった。今度は馬が前後に躰を振り始めたのだ。あきらかに乗っている者を振り落とそうという行動。その意図もはっきりと感じられた。ちょうどロデオのような状態になった。そのときの恐怖は今でも覚えている。ただただ落とされないように手綱を握っていた。

そのときふと頭をよぎったのは、この状態をうまく納めれば、「すごいね枝女太さん」と言ってもらえるかなという妄想。人間ってギリギリのときでもそんなことを思ってしまうんですね。しかしそんな英雄になれる夢は一瞬で消えた。

妄想したとたんに、振り落とされたのだ。前につんのめったかたちになり頭を下げた馬の前方へ放り出された。

馬場はやわらかく、前日の雨でぬかるんでいたせいもあり、また偶然うまく落ちたんでしょう、まったく怪我もせずただただ泥んこの馬場に倒れ込んだ。

不思議なもので、私を振り落とした瞬間に馬はなにごともなかったように大人しくなった。気がすんだのだろう。

ディレクターが別のマイクで「落ちた!落ちた!」と叫んでいた。

その声にわずかだが楽しげな調子が混ざっていた。

すぐに私のところに駆け寄って来て「大丈夫か?」の一言はあった。が、次の瞬間ディレクターの顔が蒼白になった。胸に付けていたピンマイクが取れて足元の泥水に浸かっていたのだ。

「えらいこっちゃ、このマイク無茶苦茶高いねんで。それも今日おろしたてやねん。新品やねん。技術の人にどない言おう」

知るか。

数日後そのディレクターが嬉しそうに「あのマイク、ちゃんと修理できたわ。心配せんでええで」

誰が心配するか。

このままでレポート終われますか?

終われませんよ。ただただ乗馬クラブの方に申しわけなくて。このままでは悪いイメージし残らない。

レポートは番組の中でこの部分だけだったが、無理を言って最後にもう一度こちらに振ってもらって落ちた経緯等を話して無事番組は終了した。

放送後、泥だらけでキャデラックの後部座席に乗り込んだときの運転手さんの顔は今でも忘れられない。

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今回の枝女太師匠のコラムはいかがだったでしょうか?次回は2月5日に公開予定です。ラジオ番組の取材も大変なようで、苦労されたことについて。今からとても楽しみですね。

桂枝女太師匠はFacebook(https://www.facebook.com/shimeta.katsura)も随時更新中。こちらもチェックしてくださいね。