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⑱取材~師匠五代目桂文枝と歩んだ道:桂枝女太

桂枝女太

テレビ番組のレギュラー、そしてラジオ番組のレポーターと順風満帆な若き日の桂枝女太師匠。それでも真面目に仕事に取り組めば取り組むほど、苦労はつきないそう。今回はラジオ番組のレポーターをされていた際のご苦労についてつづっていただきました。意外なことが苦手なのだそう。あ、これは仕事に関係ない?

この時代を経て今がある。桂枝女太師匠の思い出コラム第18回のスタートです。お楽しみください!

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取材

前回、放送中の落馬事故の想い出?を書いたが、この番組ではもうひとつ大きな想い出がある。少々、いやかなり個人的なことになるがお付き合いください。

ラジオ番組のレポート、それも毎日やっていると、そうそう面白いネタばかり提供できるものでもない。

来週はどこへ行こうか、いや来週どころか明日はどこへ行こうかなどと困るときもある。

そんなときに全国的なイベントがあると助かる。全国的で国民全員に関係のあるイベントとは・・・選挙だ。それも国政選挙。

1980年の衆参同日選挙。覚えておられる方も多いだろうが、この選挙は直前に現職の大平正芳首相が急死するというとんでもない選挙になった。いやがうえにも国民の注目を集め、放送局や新聞社はてんてこ舞いの大騒ぎになった。

この緊迫感をリスナーに伝えられれば・・・。取材先は朝日放送の政治部でもよかったが、それではあまりにも手前味噌なので、某大手新聞社に取材に行くことになった。

ところが、その新聞社の政治部には取り合ってもらえなかった。それはそうだろう、それでなくてもひっくり返っているところへ、政治のことなどまったくど素人の若手の落語家が取材などさせてもらえるはずがない。

仕方がないので選挙とはまったく関係ない話しになるが、新聞社自体の取材をさせてもらうことになった。

新聞はどのようにして作られて各家庭に届くのか。

これって知っているようであまり知られていない。

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話しを聞くのに一番いい部署はというと・・・あった、宣伝部。その中でも見学案内係。

どんな企業でも一般の人たちに現場を見てもらい興味を持ってもらって販売促進につなげるということはよくやっている。

新聞社も同じで、学校やPTAその他様々な団体や個人が見学に来る。その案内をするのが宣伝部見学案内係の仕事。つまり新聞社のことを浅くだが誰よりも広く知っている。

事前に一度打ち合わせに行った。

案内係には3人の女性がいるそうだが、当時一番若手の女性社員がインタビューを受けてくれることになった。

私自身、新聞がどのように作られているのかなどまったく知らなかった。

記者が取材をして記事を書く。それを印刷して発送し各家庭に送られる。そのぐらいのイメージしかなかった。

早い話しが新聞記者と印刷する人と配達する人、それだけで新聞社はできていると思っていた。

ところがいざ取材してみると、まあなんとたくさんの部署のあること。

記者が持ってきた記事を編集部でチェックしたあと校閲、そしてどのようにレイアウトするかを決める部署があり、出稿したあと印刷に回され、出来上がった新聞はそれぞれ地方へトラックで運ばれて、各地の新聞屋さんから各家庭に配られる。朝夕刊があるのでこれをわずか半日以下でしなければならない。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

校閲部や整理部、印刷現場とすべて案内してもらった。他にも行ったが忘れた。

放送本番の日も当然その若手女子社員がインタビューに応じてくれるのだが、本番までのわずか三日間ほどが待ち遠しくて仕方がなかった。

ラジオ番組の、それも午前中の番組の取材相手はたいていがおばちゃんかおっちゃん、お婆ちゃんかお爺ちゃん。同世代の若い女の子相手のインタビューなんて滅多にあるものではない。

レポートはもちろん滞りなく終了。打ち合わせもきっちりしていますしね。

本来ならここで「お疲れさまでした。どうも有難うございました」で終わり。もうその取材相手とはおそらく会うこともないだろう。

しかしそれでは勿体ない。なんせ滅多にない取材対象の同世代の若い女の子。

さすがに個人の住所や電話番号は聞けなかったけれども、名刺をもらっています。もちろん会社の名刺ですが、ないよりはいい。唯一の繋がりだ。

しかし・・・どうする?

電話をかける・・・相手の職場に?

高校在学中から落語の世界に身を置いている私は、会社というものがどんなものかを知らない。私用で電話などしてもいいものか、したところで直接その部署に繋がるのか、それとも交換手を通すのか。通すとなれば用件なども聞かれるのか。

そんなことを考えているうちにどんどん月日は流れて行く。

こういうことは思いきりが大事だが、時間がたつにつれて思い切りがなくなっていく。

ダメなんです、こういうの、私。

そしてとうとう電話をすることもできないまま、数ヶ月が経ったある日、まったく予期しなかったことが起こった。

執筆者
桂枝女太

昭和33年、大阪府豊中市に誕生
昭和52年1月1日、桂小文枝(のちの五代目桂文枝)に入門、十番弟子
言葉の持つ魅力と魔力を知る落語家。繊細で知性あふれる高座に、根強いファンが多い。古典落語のみならず、新作落語にも熱心に取り組む。上方落語協会の広報誌『んなあほな』3代目編集長に平成29年から就任。趣味は読書・バレーボール・野球・津軽三味線と幅広い。

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