エディ・マーフィ 三遊亭はらしょう二人会~後篇
俺はジュリア・ロバーツからのフォローに戸惑ったものの、ここまでエディ・マーフィからの反応がないのなら、ゲストはジュリア・ロバーツでいいのではないだろうか。これも何かの縁だ。よし、その方向で行こうと気持を切り替えた。
だが待てよ。ジュリア。ロバーツは女優だ。俺との二人会となると、ピンでのネタは難しそうだ。今までジュリア・ロバーツが漫談や落語をしている姿を見たことがない。では、一人コントではどうか。ハリウッドを代表する名女優に短いコントの演技など朝飯前だろう。
ただ、ジュリア・ロバーツは一人コントよりも、誰かと絡んだ方が実力を発揮しそうだ。誰と絡む?ああ、そうか、俺とだ!俺はジュリア・ロバーツと二人でコントをするのか。打ち合わせや稽古はZoomで可能だ。コント版『プリティ・ウーマン』はどうだ?リチャード・ギアの役は三遊亭はらしょう。よし、最高の企画だ!メールを送ろう!
凄まじい勢いの俺であったが、いざオファーをかける段になって、うっかりしていたことがあった。出演料である。誰を呼ぶにしてもノーギャラという訳にはいかない
一体、いくら払えばよいのだろう。なんせ相手は世界的スターである。これが落語家なら相場も分かるが、ハリウッド価格が想像できない。そういえば、昔、ニュースで、『バレンタインデー』という映画にジュリア・ロバーツが6分くらいしか出演してないのに、ギャラが日本円で3億円だと話題になっていた。おいおい、6分で3億稼ぐって、3億円事件の犯人より短時間労働じゃないか!どう考えても俺が主催する落語会でそんなギャラが出せる訳がない。妥協して「1分でもいいから出て下さい!」って、それでも5000万円だ。無理だ無理だ。メールを送るのはやめよう。
初心に帰ろう。俺が本当に共演したいのは、エディ・マーフィである。では、彼のギャラはいくらなのだろう?ひとつ思うのは、スタンダップコメディアン出身であるから、下積み時代は小さな会場で芸の研磨に勤しんでいた。映画などのメディアと違ってライブのギャラが安いという認識はあるはずだ。こちらが提供する会場が小さければ小さいほど、安くても納得してもらえる可能性がある。説得力のある会場をおさえればよい。
どこか雰囲気のある所、そうだ、神田にある連雀亭はどうだろうか?俺も今まで何度か借りたことがある。キャパは30人ほどで、落語会にはちょうどいい広さ。何よりも、高座の作りが立派で、客席に座ると、しばしの非日常を味わえる。ここなら、エディ・マーフィにもギャラ交渉がしやすいのではないだろうか。連雀亭の写真を添付して送れば、きっと、「オー!ビューティフル!」とかなんとか言って喜んで引き受けてくれそうだ。そういえば『ビバリーヒルズ・コップ』で手を輪っかにしているポーズがあったが、あれはワンコインで出演するよ!というサインにも見えてきたぞ。よし、連雀亭にしよう!機嫌が良ければ、本当にワンコインでお願いできるかもしれない。
そんな妄想を膨らませている中、俺のスマホが振動した。フェイスブックの通知には、笑顔の黒人が見えた。もしや?やった!エディマーフィだ!このタイミングできた。2ヶ月待ったが、ついにフォローが返ってきた。よく見るとクリス・タッカーってことはないな?おお、エディ・マーフィで間違いない!俺はフェイスブックのメッセンジャーを開いた。
これで送れるぞ。ひとまず、依頼内容をスマホのメモ欄に下書きしよう。それを英語に直せば今日中には送れる。早速、俺は連雀亭をネットでおさえた。本番は一ヶ月半後、金曜夜が空いていた。出だしは好調だ。この時点で、俺はもうエディ・マーフィに握手するほど近付いている。
さて、ギャラであるが、会場費の相場や、偉い師匠を呼ぶ場合の相場を伝え、予算が少ないことをアピールしよう。例えば、文化会館などホールの規模だと交通費は全額支給が多いが、小さな二人会では、通常、交通費はギャラに含まれる。エディ・マーフィの最寄り駅はどこなのだろうか?ともかく「交通費込みをご了承下さい」という一文をつけ加えよう。そして、肝心の出演料だが、ズバリ、10万円はどうだろうか?普通なら充分であるが、もちろん、エディ・マーフィには安すぎる。しかし、あれだけ稼いで大金持ちなのだから、逆に好感度を上げるために来てくれるかもしれない。ビッグな芸人とはそういうものだ。というイメージが俺には勝手にある。まぁともかく、来る意志があるのかどうかだけ聞いてみよう。鉄は熱いうちに打てだ。俺は以上の条件を英語にしてメールを送った。
1時間も経たない内に、スマホが振動した。来た、エディ・マーフィからだ!
「私はあなたの笑い声こころよく思います。日本こころよく思います。誘い受けマネージメントうれしい。100000あなたをこころよく思います。会えるのを楽しみに思います」
メールの日本語は、所々おかしかった。だが、それでよかった。こちらの依頼を完全に理解していないことが、幸いである。100000円のことをドルだと、こころよく思っているのならそれでよい。ともかく、俺は自分の落語会のゲストに、あの、エディ・マーフィを呼べることになった。凄いぞ。連雀亭は満員だ。それどころか、マスコミの取材が殺到する。ライブは盛り上がって、第二弾、三弾。もう、いきなり第二弾で、東京ドームの可能性もある。俺は興奮して震える手で感謝の返信を送った。そしてその勢いで、チラシを作り、マスコミ各社に送り、SNSに二人会の告知をしよう、と張り切っていた。だが、2時間後、エディ・マーフィから思いもよらないメールが届いた。
「私はネットフリックス仕事なりました。ドキュメンタリーカメラ毎日家にいます。れんじゃくていごめんなさい。エージェントからセコタロは断れ言われました」
俺は椅子から転げ落ちそうになった。天下のネットフリックスには太刀打ちできないが、それよりも、はっきりエージェントからギャラの安さを指摘されたようだ。一番驚いたのは、セコタロ→セコイおたろ(ギャラ)という寄席の隠語が、なぜハリウッドでも浸透しているのだ!
途方にくれる中、まだ告知してないのが幸いだった。しかし、どうしよう。連雀亭をおさえてしまったからには落語会をやるしかない。エディ・マーフィよりギャラが安い芸人となると誰なんだろう。俺は、一晩考えた。
翌日、俺は後輩の落語家、吉原馬雀にエディ・マーフィの代演を頼むことにした。
そして、1ヶ月半後に『三遊亭はらしょう・吉原馬雀の連雀亭二人会』を開催した。
お客さんは誰も知らないが、本当は、あの吉原馬雀との二人会は、エディ・マーフィが出る予定だったのだ。
おわり



