新宿末廣亭の楽屋は分かりにくいもの。入門直後の笑福亭里光師匠も迷ったそう。その後の記憶は曖昧なものの、笑福亭里光師匠の師匠である鶴光師匠からある物を持たせていただいていたとのこと。そして……。
ちょっと胃が痛くなる(?)笑福亭里光師匠の自叙伝第8回のスタートです。上方と江戸の落語の違いもつづっていただいています。お楽しみください。
苦痛
こんにちは。笑福亭里光です。
末廣亭の楽屋と喫茶「楽屋」を間違えた衝撃で肝心の末廣亭での出来事を覚えてない僕でしたが、『寿限無』を覚えたら(師匠に)連絡する!ということだけは頭に入っていました。それから約1か月ですかねぇ、あんなに稽古したことはありません。いつもあの時くらい稽古してたら・・覆水は盆には返らない。
ハッキリ言って苦痛でした。
こんなこと言うと「好きなことやってるくせに苦痛とは何ぞや!!」と怒られそうですが。何が「苦痛」なのかというと、僕は学生の時に落研つまり落語研究会に所属してたんです。でね、落研の奴って生意気で『寿限無』だとか『子ほめ』のような「前座噺」と呼ばれるものを馬鹿にするんです(もっともこれは当時のことで、今は分かりませんよ)。もっと大ネタをやりたがる。
僕もご多分に漏れず、でした。正直寿限無はバカにしてました。それを稽古しなければならない。苦痛でしょ(笑)。
ちなみに大阪では『東の旅(発端)』を最初に習うことが多い。
でも僕は最初から東京ですからね、見台膝隠しも無けりゃハメモノ(噺の途中に入る鳴り物)もない。最近は東京でもハメモノ入りの噺をする人が増えましたし、大阪の芸人もずいぶん東京出てきてるので珍しくなくなりましたが。
当時はそんなにいなかったです。そもそも東京ではお囃子も無かったそうですよ、昔は。だからお囃子さんに鳴り物入れてもらうのは気を遣ってました。
今でこそ『東の旅(発端)』をやれるようになりましたが、当時なら無理でしょうね。ましてや前座の身分で鳴り物を入れてもらうのは、です。まぁこれは文化の違いでもあります。そんな訳で師匠の鶴光も『寿限無』を選んだんでしょう。
今になって思うんですが、こういう前座もやるような噺が一番難しいんです。噺が単純なだけに、その人の力量次第で面白くもつまらなくもなる。力がある人が喋ると大爆笑の渦になる。つまらない人がやると本当につまらない。
長い噺ってね、ストーリーが上手く出来てるので普通にやればそこそこに聞こえるんですよ。前座噺って本当に難しい。ある先輩に言われたことがあります。
『子ほめ』でトリ取れたら本物だよ。
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頭のどっかで寿限無をバカにしながらも稽古はしました。歩きながらブツブツ、人を待ってる間もブツブツ、電車の中でもブツブツ・・
今でもありますが、電車でブツブツ稽古しててノってくると声が大きくなるんでしょうねぇ、気が付くと半径1メートルくらい人が居なくなる時がある。まぁプロとしての第1歩ですからね、頑張りました。
2~3週間後でしたか、師匠に覚えた旨を伝えたのは。
「ほなまぁ見たるわ」
いよいよ対面での稽古を経験することになります。
緊張はMaxです。