ホール落語を定着させ、上方落語を日本全国で楽しめるようにしたのは桂米朝師匠でした。同じく上方落語四天王の一人の六代目笑福亭松鶴師匠も映画や舞台など、独自路線で大活躍。貧乏長屋で暮らしていた頃と生活が一変します。
その頃のお話を笑福亭鶴光師匠につづっていただきました。大変だったそうです……。それでも笑福亭鶴光師匠は、この頃を懐かしく思われるとのこと。じっくりお読みください。次回が最終回です。
時計の針
松鶴師匠も映画や舞台、高座と仕事が増えてお金が貯まるようになった。
その前の貧乏時代は、内弟子が明けて朝師匠の家に顔を出すと布団の上でお金を数えてる。
「夕べあそこでこれだけ使うて、向こうではこれだけ。最後の店で使うたのは?おかしい一万円札が一枚足らん」
そこへ倅さんが入って来るのを見ると
「おい息子お前わしの財布から一万円盗ったか」
「お父さん自分の子供が信用出来んか?」
「あ~ちゃんお前か」
「自分の嫁はんを泥棒扱いするのんか」
「そうやな身内はそんな事はせんな、ほな内で他人は誰や?」
と、私の方を向いた。あの目で睨まれたら、誰でも目線をそらせて下を向く。
すると師匠が低い声で
「皆気を付けよ、この辺りに頭の黒いネズミがウロウロしとるぞ」
濡れ衣やぁ~。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それが生活に余裕が出ると、腹巻に百萬円くらい入れて馴染みのキャバレーへ。若手の芸人、東京から来た噺家を沢山連れて飲みに行く。
そこのママが
「師匠だいぶツケがたまってますよ」
その途端に腹巻に入れた札束を見せる。すると経営者が出てきて、
「これはこれは失礼いたしました、どうぞご存分にお楽しみ下さいませ」
ドンちゃん騒ぎ。
大御所の弱みは店の女の子が
「師匠お酒お強いですね」この一言。
途端に「もっと濃いのんおくれ」と、水割りやロックや解らん位の量をグイグイ。後は記憶喪失。
散々飲んで帰ろうとするとオーナーが自ら勘定書きを持ってくる。
それを見るなり起き上がって、
「ママつけといて」
さっきの札束は何やったんやママがボソッとつぶやいた。
「これは立派な詐欺や」
「天下の松鶴逃げも隠れもせんわい、いつも道頓堀の角座に看板掲げてるわい」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あるママ曰く
「いっその事逃げて何処かに隠れてくれたら諦めもつくけど、寄席の看板見るたびに腹が立つ」
師匠の理屈は、
「昔は出世払いと言うて、貧しい芸人を可愛がる太っ腹の飲み屋の経営者が多かった。今はせこい世の中になった」
あんさんは、もうとうに出世してまっせ。
ずっとこんな調子です。
九州では焼酎一生空けて、そのままホテルで水風呂へ。それで心臓麻痺起、救急車で病院に運び込まれた。回復して帰って来て弟子を集めたあの世からの生還祝いをやった、
「わしは運が強いきっと立派な守護神が付いてるんや」
と又その晩大酒飲んで、もう一回水風呂にチャレンジして又倒れた。
ほんまに懲りんお師匠様。
心臓が強すぎて、病院で脳死になっても5日間心臓が動き続けました。その看病で弟子たちが睡眠不足で何人か体調くずした者も居りました。
でも我々は、生きてくれてればそれで良かった。
偉大なる芸術家の心臓は止まっても、世界の時計は普段通りに時を刻み続ける。