年季中からテレビやラジオのレギュラー番組があった桂枝女太師匠。イケイケでさぞかしモテていたと思いきや、引っ込み思案な性格がわざわいして……。それでも運命の出会いは訪れます。
今回はそんな桂枝女太師匠の運命の出会いについてつづっていただきました。ちょっとキュンときちゃいますよ。お楽しみください!
運命の出会い
ラジオのレポーターとして大手新聞社へ取材に行き、取材の相手をしてくれたのが同年代の女性だった。滅多にないシチュエーションでこころ浮き浮きの状態だったが、生来の気の弱さもありどうすることもできず、またどうなることもなく1年と数ヶ月が経ったある秋のこと。
藤井寺市民会館で師匠の独演会があり私も出してもらえることになった。すでに年季は明けていて弟弟子もいたので出番は2番目。しかしその日は神戸で他の仕事がすでに入っていて、出番終わりですぐに失礼することになった。
師匠の独演会で弟子が自分の出番終わりで先に帰るなんてことは通常では考えられない。20年も30年もやっているベテランならともかく、まだ5年目ぐらいのいわばペイペイだ。普通は許されないところだが、うちの師匠は仕事があればどんどん行けという主義の人だった。
芸人は呼んでもらえるうちが花とでもいうのか、とにかくそんな感じで許してくれていた。
当日のプログラムはトップが弟弟子で私が2番目、次にゲストの月亭八方師、そして師匠。中入り後師匠がもう一席だったと思う。なにしろ40年近く前のことなのではっきりとは覚えていない。
自分の出番が終わって楽屋で少々慌て気味に着替えているところへ、独演会を仕切っているプロダクションの社長がやってきて新聞社の人が尋ねて来ていると言われた。
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新聞社?師匠への取材か?それなら直接師匠のところへ行ってくれればいいのにと思ったがどうもおかしい。だいたい独演会の当日に取材に来るマスコミなんて普通はない。
それでも仕方がない。こっちは次の仕事のことで焦っていたがとりあえず話しだけでも聞いておこうと思い楽屋の外に出ると、そこにいたのがあのときラジオの取材に応えてくれた女性だった。
「以前ラジオに出してもらったんですけど、覚えていますか?」
覚えてますとも。いや、正直少し忘れかけていたがその一言で鮮明に思い出した。
「もちろん覚えてます!来てくれたんや!」
「家が近所で、母がポスターを見て一緒に行こうと言ったもので」
神様っていてるものなんですね。こんなことがあるなんて。でもゆっくり話しをしている時間がない。今すぐにでも出ないと次の仕事に遅れる。
「あの、このあとすぐに神戸に行くんで時間ないんやけど、よかったら住所と電話番号教えてくれる?いやあの、今後も落語会の案内なんかを出したいんで、よかったら来てもらいたいから」
こういうことは苦手な私でも咄嗟にそれだけのことは言えた。落語会の案内を出したいんで・・・。これはまんざらウソではない。本当に一人でも多くのお客様に来ていただきたいので。しかし落語会の案内を出すだけなら住所があればいいわけで電話番号は必要ない。でも相手の女性もそこまで細かいことを考える余裕がなかったのか、あっさりと住所と電話番号を教えてくれた。
そして私は後ろ髪を引かれる思いで次の仕事先へ向かった。あ、その頃は後ろ髪も前髪も全部ありましたので。
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ここまでプライベートのことを書くということは、勘のいい読者の方はお気付きかも知れないがこの女性こそ私の妻です。
人の縁というものは本当にわからないもので、妻のお母さんがポスターを見なかったら、見たところで独演会に来なかったら、また来たとしてもわざわざ楽屋に来なかったら。
普通楽屋へ尋ねて行くとしても私の出番終わりですぐに来るか?私の次には人気者の八方さんが出るのに、そのあと師匠の高座もあるのに。普通は中入りのときでしょ。でもそのときなら私はもう次の仕事に出ていて逢うことはなかった。
もっと言うなら師匠が私に出番をくれていなかったらすべてが無かった。その日は夜に神戸で仕事があるので先に失礼さていただいてもいいですか、ああそうかそれならまた別の機会に出てくれるか。そう言われていたら、いや普通はそう言う。そうなっていたら妻と出会うこともなかったし、今の家庭はなかった。
師匠には弟子にしてもらってネタもいただき芸能界での居場所もいただいた。そして妻との縁までいただいた。
この出会いは通常有り得ないようないくつもの偶然が重なって起きた。重ねて言うが本当に人の縁というものはわからない。
今もときどき妻とこのときの話しをすることがある。そのとき妻が必ず言う言葉がある。
「なんであのとき行ったんやろ」
五代目桂文枝一門会 3月12日(金)18時半開演
桂枝女太師匠がご出演される落語会が、天満天神繁昌亭で開催されます。枝女太師匠は、五代目桂文枝師匠が得意とされた『悋気の独楽』をかけられるとのこと。楽しみですね!
日時:3月12日(金)18時半開演、18時開場(整理券順に入場)
会場:天満天神繫昌亭(大阪市北区天神橋2-1-34)
木戸銭:前売り2800円、当日3000円
出演:桂枝女太、桂米團治、桂枝光、桂華紋
チケット販売:繁昌亭チケット窓口(06-6352-4874)
ちけっとぴあ・セブンイレブン(Pコード 597-900)
お問い合わせ:平成開進亭 080-7000-6403