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テレビと私~四方山話:笑福亭仁昇

笑福亭仁昇
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笑福亭仁昇師匠が寄席つむぎに初登場です!

第1回目は、仁昇師匠の子供のころのテレビのお話を。家の中でどのようなポジションだったのか、今からすると、少し意外なお話かもしれません。

昭和40年代の空気感を味わってください。笑福亭仁昇師匠の「四方山話」、スタートです!

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テレビと私

その頃の我が家のテレビは白黒だった。今から思えば大層に立派な家電であった。他の家具より一歩前に自分の四本足で自立していた。しかも威風堂々と正体する。

「私に用があるなら、こちらへ来て操作しなさい」とでも言いそうに武張っている。

電源を入れる時、チャンネルを変える時、音量を上げ下げする時、そしてもちろん、電源を切る時も足を運ばざるを得ない。

また父親にも威厳があった。というのも、「このテレビはワシの持ち物である」と公言する。つまりテレビより父の方が偉かったのだった。であるので、チャンネル権なるものは当然、父親が全権を保持していたのだった。

したがって、ほとんど毎日、家族中で時代劇を観ていた。我が家だけがそうでなく、他所さんも同じようなものだった。その証拠に同級生のほとんどは男女問わず、『水戸黄門』や『銭形平次』に『遠山の金さん』の主題歌を歌えたのである。

また子供らには、ヒーローの登場するのが人気抜群だった。主人公が活躍する「勧善懲悪」ストーリー!

これは多くの時代劇と同じ展開だった。とにかく録画なんて出来ないのだから、家族揃って観ていた。

『月光仮面』『スーパーマン』『パーマン』他。そして、ヒーローは「マント」を纏っていた。子供は風呂敷を首に結んで真似して自転車に乗って遊んでいた。

スポーツ中継も人気があった。「相撲」「野球」「ボクシング」、そして「プロレス」!!電気屋さんの店頭のテレビに群がって観ていた。

大柄で屈強な外国レスラー相手に、体型では見劣る日本人レスラーが勝利する姿には万雷の拍手していた。さらに、外国人レスラーが隠し持った凶器で日本人の顔面を傷めつけ、血だらけになった日本人が勝利する場面には、狂喜乱舞したのだった。それは全て真剣勝負していると、疑いもなく観ていたのである。

CMにも印象に残っているものが幾つかある。子供がドキッとしたインパクトがあったのが、「オー、モーレツ!」の小川ローザさんのスカートがめくれて白いパンツが見えるシーン。それを「見え過ぎて困るの~♪」と水に濡れて下着が透けて見えるシーン。

どちらも会社名も商品名も覚えていないが、今も目に焼き付いている。

食品CMも覚えているのがある。

「しとしとぴっちゃん、しとぴっちゃん、しとーうぴっちゃん」で始める時代劇『子連れ狼』のパロディ。乳母車の子供に「3分待つのだぞ」と諭す、ボンカレーCM。街で乳母車を見ると、「3分待つのだぞ」と言い遊んでいた。昭和40年代の頃だった。

その時の「お侍」に弟子入りするとは、思いもよらなかった、その頃だった。

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