読書家の笑福亭羽光師匠。SF小説を特に好んで読まれているのだそう。今回は小松左京の『果てしなき流れの果てに』を読まれて思い出されたことについてつづっていただきました。笑福亭羽光師匠は何を思い出されたのでしょう?
今回も笑福亭羽光師匠の人柄が伝わるエッセイです。お楽しみください。
小松左京『果しなき流れの果てに』
久しぶりにすごい作品を読んだ。しかも45年も前に書かれた作品だそうだ。
古生代の地層から砂時計が発見される。しかもその砂時計は4次元世界につながっている。時空を超えての壮大な物語。人間より高次元の存在がいて生命の進化を操っている。さらにその上の存在がいる。
いつの時代のどの場所にも、現れる事が出来る歴史パトロールみたいな存在の話。
もしかしたら時間軸は僕らが認識しているように、一定で前に(未来に)だけ進んでいるのは無いかもしれない。死んで幽体になったら人生の良かった時間、どこでも好きな場所時間に行けるような気がする。
幼少の頃、多分3歳か4歳だったと思う。
高槻市の実家にいた。家には誰も居なかった。幼いながらも恐怖を感じた僕は外に出ようとした。
木造で建付けが悪かった入口は、何かがひっかかって開かない。僕は更に家から出られない恐怖を感じて焦って泣いた。その時家に誰も居ないはずなのに、「扉を持ち上げたら開くよ」と聞こえた。母の声だった。後ろを振り返るが誰も居ない。
実際扉を持ち上げるようにして、そっと横に滑らせると、扉が開いたので、外に出て庭で一人で遊んでいた。買い物から帰ってきた母にそのことを言うと、外出していたので家にはいなかったという。
では家の中から「扉を持ち上げたら開くよ」と言ったのは誰だったのか。
母は49歳でガンで死んだ。
母の幽体が時空を超えてその場に現れたのだと思っていた。
死んだら世界を4次元的に認識出来て、幽体として好きな時間の好きな場所に現れる事が出来る。と。
今でもそれを信じている。