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【特別寄稿】上方落語の奇跡:桂枝女太

桂枝女太

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寄席つむぎ再スタート第1弾は、桂枝女太師匠のエッセイです。今回は上方落語の奇跡についてつづっていただきました。この「奇跡」とはどういうものなのでしょうか?「奇跡」を起こすために必要なものとは?

芸歴45年の桂枝女太師匠だからこそつづれる文章です。じっくりお読みください。ご感想もお寄せくださいね。

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上方落語の奇跡

私は1977年(昭和52年)に入門した。師匠は桂小文枝、後の五代目桂文枝師匠。

この連載でも弟子入りした経緯のようなものは書きましたが、入門が許されたのは1975年(昭和50年)の8月、高校2年生の夏休み。その後も学業は続け3年生の3学期を残すのみとなった1977年1月1日に芸名を貰った。まだ学業は残っているものの芸名を貰えば弟子入りとしてもよかろうと思い、自分自身で入門の日は1977年1月1日と決めている。

現在は上方落語協会に入っている落語家だけで270人近くいる。協会に入っていない人も十数名いるので280名以上いることになる。上方、つまり大阪を中心とした関西だけで。東京の方はさすがに人口も多いのでその倍以上はいると聞く。

私が入門した頃は上方落語だけでは70人だった。これはよく覚えている。入門したての頃は自分の上に何人先輩がいるのか結構気になるものだ。

この270人という数字が多いのか少ないのか、また45年前の70人が多いのか少ないのか、これはなんとも言えないが、この70人の中に上方落語の奇跡がある、というより、いる。

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上方落語四天王といわれる人たちだ。謂わずと知れた六代目笑福亭松鶴、桂米朝、三代目桂春団治、そして我が師匠桂小文枝、後の五代目桂文枝の4人だ。

すでに全員鬼籍に入られているが、ずば抜けて落語の上手い、ずば抜けて落語のセンスのある者、つまり落語の天才が4人、それも同じ時期にいたことが奇跡なのだ。

何百人も落語家がいたのなら4人ぐらいの天才的な落語家が同時期にいてもおかしくはないが、わずか70人の時代に。それも70人のうち60人以上が四天王の誰かの弟子なのだ。つまりそこそこキャリアがありベテランといわれる落語家が一桁の時代に4人の天才が揃った。これが奇跡以外のなんだろうか。

戦後の一時期、上方落語は滅んだといわれたそうだ。落語家の数が一桁、それに興行を打つ小屋もない。お笑いは漫才に取って代わられもう落語の時代ではないと誰もが思っていた。そこに後の四天王といわれる人たちが入門してきた。

衣装や太鼓などの鳴り物を担いで呼ばれればどこへでも行った。客入りがどうのとかギャラがどうのなんて言っていられない、とにかく人前で落語ができるところへならどこへでも行った。そして数少ない先輩達からものすごい勢いで落語を、芸を吸収していった。

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これは聞いた話しだが、四天王と謂われる人たちが入門してきたと書いたが、この人たちは落語に出逢いその魅力に引き込まれて望んでこの世界に入ってきたわけではない。

4人のうち、松鶴師匠と春団治師匠は実父が落語家、それぞれ五代目笑福亭松鶴と二代目桂春団治だ。つまり成り行きでというか仕方なくというか自然に落語家の道に入ってきた。

米朝師匠は落語の研究家になりたかったのが師と仰いでいた正岡容氏の計略で四代目桂米団治に入門してしまった変り種。私の師匠文枝にいたっては踊りを習いたくて四代目桂文枝の元に通ううち、無理やり落語をさせられていつのまにか本職の落語家になってしまった。また踊りを習った理由というのが、踊りのひとつも踊れたら女性にもてるだろうという、まるで落語の色事根問を地で行くような理由。

そんな4人が上方落語四天王とか上方落語中興の人たちといわれるのだから世の中は面白い。たまたま才能のある人たちが同時期に集まったのだろう。才能だけではなく相当な練習、それこそ血の滲むような修行を積んでこられたのだという人もいるだろう。

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しかし、45年間この道で生きてきた者としてひとこと言わせていただきますが、芸の世界は血の滲むような努力や修行で名人とかそれこそ四天王とかといわれるようになれるほど単純な世界ではございません。

もちろん努力や練習は必要だが、そこに運というものがつきまとってくる。なにより一番大切なことは目の前のお客さんが、そして世間が、時代がどのような芸を求めているかを肌で感じられる才能があるかどうか・・・これは練習や努力でどうなるものではない。そういった才能を持って生まれた人が同時期に4人集まった。だからこその奇跡なのだ。

これからの上方落語界にこういった奇跡が起こるかどうかはわからない。でもいつかそんな奇跡が起こる日まで、我々凡人落語家がなんとか、それこそ努力で繋いでいくしかない。