落語芸術協会の前座修業をつづっていただいている笑福亭里光師匠。笑福亭里光師匠によると、一口に前座仕事といっても様々なものがあるのだそう。今回はその中のひとつ、ネタ帳についてつづっていただきました。大変なようです。
今から20年以上前の楽屋は、どんな風景だったのか。それも想像しながらお読みください。
「このネタ何?」
こんにちは。笑福亭里光です。
立て前座の「仕事」は寄席の進行以外にもあります。それはネタ帳を書くということです。ネタ帳というのは、誰がどんなネタを喋ったのか記録してある帳面のことです。
なぜそんなモノが必要か!?
寄席はお芝居等とは違って、独りで完結するものです。何人も入れ代わり立ち代わり出演する。先の方に出た芸人と後の方に出た芸人は会わないことが多い。でもお客さんはずっと観てる。当然同じネタは出来ないわけです。
だから前座が書き留めておいて、後の方の出番の人に先の方の出番の人が何をやったか知らせるんです。ネタが被らないようにするための「予防線」ってことです。
これが中々厄介なんですよ。何で厄介かというと・・毛筆だからです。
お習字が得意な(仕事にしてる)人は別として、毛筆を上手く操れる人はそうはいないと思います(割合としては少ないと思います)。僕なんかペンだって上手く操れない。
真っ白な帳面に、ネタと名前を書く。『一、寿限無 里光』というふうに(縦書きですよ)。1ページに、例えば昼の部ならそれを全部収める。字の配分というかバランスを考えなければならない。
いますよ~主任の師匠だけやたらと大きい字で書く奴。後半になるにつれて段々と字が小さくなっていく奴。「左上がり」の奴、「左下がり」の奴。字ってのは性格出ますね。
ちなみに僕は段々と大きくなっていく方でした。最初は小さく(慎重に)いきすぎて。余白を残せないから、最後の方がやたらとデカい。慎重というか、気が小さいんでしょう(笑)。
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今はそうでもないですが、僕の入った頃は大学や高校の落研(落語研究会)出身はあまり良く思われてなかった。変な癖付いてるし、何となくエラそうというか生意気だったんでしょうね。
僕も師匠に「だから落研出身はアカンねん!」って良く言われたもんです。「だから」が良く分かりませんでしたが。
でもね、落研出身が羨ましくもあった。
ネタ帳を書くということは、ネタを知らなきゃいけないわけです。落語のネタは数が多いですからね。
分からなければ(高座を降りてから)本人に聴けばいいと思われるかもしれませんが、次の人が高座に上がる前に書かなければ意味がない。
仕事しながら(高座に)聞き耳を立てて、何を喋ってるか分からなければならない。僕なんか後輩連中に聞きまくってました。「このネタ何?」ってね。
その点、落研出身の子はネタを良く知ってます。ちょっと聴いただけで、何のネタか分かる。大したもんです。