落語会にお越しになられるお客様は様々。時折、不思議な方もお見えになります。三遊亭はらしょうさんも、不思議な方と出会われたよう。それは…。
不思議な方も一緒に楽しめる落語会の懐の深さも、落語の魅力のひとつなのかもしれません。三遊亭はらしょうさんは大変だったようですが。
じゃらじゃら
鈴をじゃらじゃら鳴らしながら、見知らぬ女が近づいて来た。
女の正体が何者であるか分からぬが、その様相から、珍妙であるということだけは分かる。
「何をするの?」
女は聞いて来た。じゃらじゃらしながら、唐突に聞いて来た。
「このあと、落語のイベントがあります」
そう俺が即答したのは、先ほどから落語の公演のチラシを街頭で配っていたからである。
つまりこちら側からすると、落語をすることを何度も連呼しているゆえ、何をするの?
という質問自体おかしく、そうなると、女は話を聞かずに近づいて来た訳である。
なぜ、近づいて来たのですかと聞きたくなったが、よくよく自分の姿を見てみると、俺は着物を着ている。これから落語をするからである。
その方が、チラシを受け取る側も分かり易いと思ったからである。
そうなると、女は俺の着物姿が気になったということなのであろうか。
何をするの?という言葉に合点がいく。
じゃらじゃらと鈴をつけているから珍妙であるというのが、偏見になって来る。
俺は、半ば反省した気持ちになって、まっさらに、女を見ることにした。
「へぇ、そうなんですか」
女は呟いた。
「はい、よかったら観に来て下さい」
俺はチラシを渡した。
「はい、何を?」
女は俺を見た。
驚いた。何も伝わっていない。困ってしまった。
「このあと落語のイベントがあります」
俺は繰り返した。
繰り返しながら、イベント、という横文字に自分自身に疑問を感じた。
果たして、これはイベントなのだろうか?
落語という日本語とのバランスが悪いのではないか、落語の公演の方が分かり易いのではないか。
だが、公演が、公園、パークの方に聞こえたりはしないだろうか。
落語会ではどうか、いや、落語会も、落語界、という言葉にも聞こえる為、演芸ファン以外には浸透していない。
ライブではどうだ、コンサートでは、ああ、絶対に違う、落語のあとに何てつければ伝わるのだ。
俺の中で考えれば考えるほど、それは、落語という日本語のバランスからかけ離れて行く。
「あなたは、なんなの?」
不意に、女がそう聞いて来た。
受け答えが珍妙なのにすっかり慣れて来た俺は、
「今日の出演者です」
と伝えた。シンプルにそう伝えた。
これ以外に何があるというのか、出演者という日本語が伝わらなければ、お手上げだ。
「あなたが、このあと落語をするのね」
なんと、女は落語をやることを分かっていた。
珍妙な受け答えの連続に、可笑しな女であると思いながら喋っていたが、すべてを理解していた。
チラシを受け取った女は、鈴をじゃらじゃら鳴らしながら、会場の方へ歩いて行った。
俺は、女の鈴の音を再び聞きながら、しばらく、頭と心がかき乱されていくようであった。
そのあと、開演して、高座で落語をする頃には、俺の頭と心から鈴の音の余韻は消えていた。客席には、あの女はいない。
結局来なかったのだと、安堵した。
だが、矢先、会場のドアが開いて、じゃらじゃらと鈴の音が聞こえて来た。
女はやって来たのだ。
俺は、その瞬間、言葉が出なくなった。落語に集中出来なくなった。
「えー、あの、あの、そう、本日はですね、えー」
会場の客席からは、じゃらじゃらと鈴の音が響いていた。
俺の芸で、鈴の音を消せたらと頑張った。
げらげらげらげら。じゃらじゃらじゃらじゃら。げらげらげらげら。じゃらじゃらじゃらじゃら。げらげらげらげら。じゃらじゃらじゃらじゃら。
芸人をやっていると、そんな日もある。