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⑲結婚~東海道島田宿からお江戸へ:三遊亭遊喜

三遊亭遊喜

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平成7年4月に三遊亭小遊三師匠に入門を許された三遊亭遊喜師匠。つらいながらも楽しい前座修業を乗り越え、平成11年(1999年)4月に二つ目昇進を果たします。二つ目になったからといっても、色々とあったようで…。それは前回をお読みください。コチラ

お金はないけれど自由な時間が増えた二つ目時代に、三遊亭遊喜師匠はなんと結婚をされたとのこと。今から20数年前の出来事です。さてさて、どんな経緯で結婚をされたのでしょうか?

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結婚

二ツ目になり、お祝いで先輩方から落語会に声をかけて頂き、お祝いムードが済んだ頃からが本当の二ツ目のはじまりです。

寄席も行かなくなり、師匠宅にも基本通わなくなり、時間はあるがお金も高座もない。自主公演の勉強会に励むことになるのですが、先が中々見えず。色々とアドバイスは頂けるものの、それがいい方向に向かっているのかどうかもよくわからない。

段々これでいいのかどうか?みんな不安に陥ります。のうてんきな私も、漏れずに以下同文です。

そんな中でも「死ななきゃなんとかなるでしょう」と、前座仲間たちと明るい希望と未来しか見ずに過ごしていきます。そんな調子と勢いで暫くしてから私、なんと結婚します。

相手も能天気な方で「なんとかなるでしょう」と結婚しました。

この業界あるあるではありますが、相手の親を説得するという難関がクリアできるかと心配でしたが、有難いことにご両親も能天気な方で「二人で決めたことなら」と了承を頂きました。うちの両親は、こんな馬鹿息子と一緒になってくれるだけでありがたく思っていたようです。

先に一人で師匠に報告したのち、師匠宅に二人で挨拶へ。おかみさんと師匠から「結婚式はやった方がいいから、出来ればやりなさい」とのことだったので、結婚式場を決めいざ結婚式へ。クリスチャンではないですが教会で式をあげるとことになり、一門の兄弟子から先輩師匠方・友人・恩師がチャペルへ大集合。落語家の結婚式をチャペルであげるのは珍しく、先輩方も讃美歌歌ったりするのが新鮮だったようです。

それから会場を移動し、いざ披露宴へ。

まだお酒も入っていない一門の先輩方が大騒ぎして大爆笑しているので、どうしたのかと聞きました。すると、兄弟子がチャペルの結婚式は初めてだったらしく、師匠に「これが教会葬ってんですね」と 一言。めでたい結婚式がいきなり葬式になってしまい「葬式にするなと」一門で大爆笑していたとのこと。

ちょっとした言い間違いでも大勢あつまるとなんでも面白くなってしまう。そんな落語界はいいものですね。

無事だったかどうかわかりませんが、なんとか披露宴もお開きになり、師匠とおかみさんが帰られるのを見送ります。ほっとしてから、二次会、三次会へ。

出席してくれたこの業界ではない同級生からは、「師匠とおかみさんを一門で見送る姿を見てたけど、一瞬”ヤ”のつく方々の集まりかと思ったよ」と素直な感想を頂きました。確かに、若い衆が着物姿の師匠とおかみさんを囲んで帰りを見送っていたら、そう見えますよね。その印象が強かったのか、その場にいた同級生からはそれ以降、完全に危ない業界にいるやつだと認識され続けております。

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結婚してから二十数年経ちますが、色々ありながらもまだなんとかやっているということは、かみさんには感謝しかないですね。

たまに師匠に言われた「結婚式はやった方がいいぞ」の言葉が、今になって響いてきます。 大勢の方に出席してもらった結婚披露宴ですから、そう簡単には「やめた」とは言いにくいですよね。やったからこそ、ギリギリ保っているかもしれないと近頃よく思います。うちかみさんに感謝です。

普段言えないので、ここでさりげなく気持ちを述べさせて頂きます。  

そんな落語にいっさい興味のないうちのかみさんは今、SnowManのファンです。

感謝!!!

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