80年代から90年代に大活躍をしたアメリカのシンガーソングライターのシンディ・ローパーさん。三遊亭はらしょうさんは彼女とちょっとご縁があるのだそう。いえ、「ご縁」というには薄く細いものなのですが、はらしょうさんは深く考え込む出来事がありました。それは…?
結局どうなったのかは、はらしょうさんに直接聞いてくださいね。じっくりお読みください。
シンディ・ローパーの噂
シンディ・ローパーが最後の来日公演だという。
年齢的に見ても、おそらく本当に最後の来日になるかもしれない。
シンディ・ローパー、御年71歳。
アーティストの中でも、大の親日家でもあるのは有名だ。
俺は神戸出身なのだが、1996年の阪神淡路大震災の時に、シンディ・ローパーが被災地に駆けつけ、生田神社で無料ライブを行い、豆まきをしたのをよく覚えている。
当時、高校生だった俺は、特にシンディ・ローパーのファンではなかったのだが、震災で鬱々としていた日々、この来日にテンションが上がり、急いでCDを買ってしまった。
そして聴いた俺は、本当にファンになってしまい、生田神社のライブに行くことにした。だが、観に行くのを躊躇することが起きた。
それは、ある衝撃的なニュースを耳にしたからだ。
情報源はラジオだった記憶があるが、それは、
『シンディローパーは70歳』
という話だった。
ええー!そんなアホな!
70歳って、島倉千代子よりも年上じゃないか!
もちろん、そんな訳はない。
実際のシンディ・ローパーは、1996年当時は43歳である。
一体、どうしてこんなデマが流れたのか、今もって謎なのだが、なぜか、高校生の俺はその話を信じてしまった。
俺は早速、友達の坂本という男に、
「実は、シンディ・ローパーってな、70歳なんやで!」
と、自慢げに教えてやった。
俺は、坂本からウソつけ~!と言われるのかと思っていたが、
「えっ!マジか!全然見えへん!やっぱり外人は若く見えるんやなぁ~」
と、坂本はあっさり納得した。
しかも、俺は、この、「やっぱり外人は若く見える」という、坂本のコメントに、何がやっぱりなのか分からないが、やっぱりそうなのだ!と、妙な説得力が増すことになった。
坂本としゃべったことで、余計に俺は、シンディ・ローパー70歳説が腑に落ちることになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
だが、そうなると、生田神社のライブに行くのが、ちょっと怖い。
さすがに、目の前で見たら皺もあるだろうな、と不安になってしまったのだ。
せっかくファンになったばかりなのに。
俺は持っていたCDのジャケットの、若く美しいシンディ・ローパーのイメージを壊したくなかった。
しかし、改めてそれを坂本に言うと、即答で、非常にいいことを言ってくれた。
「でも、外人やから、皺ないんちゃう!」
なるほど!それは気付かなかった。
確かに、俺たち日本人とは違うから、その可能性は高い。
「シンディ・ローパーはずっと若いのか~」
結局、最後には、老化を超越した女神のような存在になっていた。
一転して、生田神社に行く決心をした俺だったのだが、来日直前に、俺の気が変わる出来事が起こった。
「へぇ~あのシンディなんちゃらって、もう70歳ぐらいなんやろ?」
実家に遊びに来ていた母の知人が、俺にそう言った。
この話が、かなり広まっていて驚いた。
俺は、母の知人にCDジャケットを見せると、
「外人って若く見えるなぁ~」
と、大きく頷いた。
ついでに、外人は若く見えるという認識も広まっている。
だが、ここで母の知人は思いもかけないことを口走った。
「なんかやってな、あんな若くならんで」
知人はポツっと、そう言った。
俺は理解できなかったので首をかしげていると、
「特殊な薬やってるんちゃうかワハハハハ~」
そう笑いながら、帰って行った。
俺は、この特殊な薬、という表現が怖くなり、再び坂本に相談した。
「なるほど、きっとそれは、不老不死の水やな」
坂本は真顔で答えた。
「なんやそれ?」
「漫画なんかで見たことないか、永遠に歳をとらない魔法の水」
「いや、そんなん現実にあるんか?」
「きっとあるんや、あるから若いねん」
「なるほど~シンディ・ローパーならあるかもな~」
どういう訳だか、納得してしまった。
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二転三転、結局、俺はコンサートに行く決意をした。
したのだが、今、振り返ってみると、行った記憶がない。
確かに、ステージの上から豆まきをしていた姿は目に焼き付いているが、不思議なことにそれは白黒なのである。
あんな派手なシンディ・ローパーの顔が、白黒な訳がない。
これはどう考えても、新聞記事の写真か何かで見たに違いない。今の今まで、俺は観に行った思っていたが、歌っている姿の思い出がなく、決定的なのは、音の記憶が一切ないことである。コンサートから音が消えているとなると、これは行ってないと断言してもよいはずだ。
一つ、はっきり覚えているのは、坂本が観に行けなかったということだ。
ひょっとしたら、俺はあの時、一人で行くのが怖くなって中止にしたのかもしれない。
2025年、シンディ・ローパーは本当に70歳を過ぎた。
あの時の実年齢は43歳だったが、47歳の今の俺の方が年上になったとは。
俺は、今度こそシンディ・ローパーを観に行く。
そこには、今度こそ、70歳を越えたシンディ・ローパーがいる。
でも、外人だから、俺より若く見えるかもしれない。
