昭和52年生まれの三遊亭はらしょうさんは、神戸市ですくすくと大きくなります。多くの思い出が刻まれた町で、色あせない記憶があるのだそう。それは中学時代の友人との思い出。それは…?
現在、落語家として活躍する三遊亭はらしょうさんの原点ともいえるエピソードです。じっくりお読みください。
漫才師 パイプラインズ
最初は、漫才師になろうと思っていた。
1992年9月1日のことだ。
「おい原田、俺とコンビ組もう」
中学3年の新学期の初日、下校中の長い坂道を登った所で、三遊亭はらしょうこと、原田亮は、友達の吉川智広から声をかけられた。小学5年で出会った俺と吉川は、普段はあまり遊ばなかったのだが、中1の時、黒澤明の映画『夢』を一緒に観に行くという、渋すぎる日曜日の過ごし方をしたことがきっかけで、一気に仲良くなった。
「えっ、コンビってなんや?」
「二人で、ダウ・・・」
下校時の生徒たちの様子を監視している生徒指導の仲先生に聞こえたら怒られるかもしれないと思ったのか、吉川は急に小声になった。
「・・・ンタウンみたいになろう」
「・・・どういう意味?」
つられて、俺も小声になりながら聞き返す。
そのまま二人は、仲先生の姿が完全に見えなくなるまで沈黙しながら、神戸親和女子大の
校舎が見えてきた辺りで、吉川が一気に口を開いた。
「ラジオ番組をやりたいんや!」
「えっ、FM鈴蘭台に応募するんか?」
「なんでやねん!誰があんな誰も聞いてないラジオに出たいねん、ちゃうちゃう、俺たち二人でラジカセに面白い話をいっぱい吹き込むねん、ほんで、ヤンタンとかオールナイトニッポンみたいな番組を作りたいねん!」
溜め込んでいたエネルギーを爆発させるように、吉川が捲し立てた。
「えっ、漫才師になるってことか?」
「そうや!早くコンビ名を決めよう!」
漫才師になるということの気持ちの整理もまだつかないのに、早くコンビ名を考えなくてはいけないという俺の混乱をよそに、吉川の話はどんどん進んでいく。
「よし、お前の好きな曲は?」
「えっ、なんで?」
「好きな曲をコンビ名にしよう、名前を決める時って、大体そんなもんや」
初めてコンビを組むとは思えない位、吉川は俺をぐいぐいと引っ張って行く。
「せやなぁ、チャゲアスの、万里の河とか好きやなぁ」
「はいどうも~万里の河です、こりゃあかん、違う!」
俺が好きな曲なので違うも何もないが、コンビ名として考えてみたら、確かに、こりゃあかんという気もする。
「もっと、かっこええ響きがええねん、あっ、外タレの曲は?」
「せやなぁ、洋楽やったら、サイモン&ガーファンクルの、明日に架ける橋かなぁ」
「なんで日本語の題名やねん、横文字の曲ないんかい!」
もはや、このやり取りが漫才みたいだなと思いながら、気付けば俺と吉川は、二人の自宅の分岐点であるクリーニング屋の近くまで来ていた。
どうしても今日、コンビ名を決めたいという吉川の熱い思いに俺は押されながら、ふと
その瞬間、今まで好きな曲だとは意識してなかったベンチャーズの、パイプラインが頭の中を流れて来た。
「パイプライン!」
「なんやそれ?」
「ベンチャーズの、テケテケテケ~♪いうやつや」
「そんな曲知らん!はいどうも~テケテケテケ~って、いややわ」
「そうやない、曲名がパイプラインや」
「ちょっと待て、うん、うん」
中学の校門を出てから憑かれたように興奮しっぱなしだった吉川が、突然、熟考し始めた。
目の前には、親和女子大の上品なおねぇさんたちが、ニキビ面で黙って向き合う俺たちを怪しげに見ながら、鈴蘭台駅の方へ向かって行く。
「はいどうも~パイプラインです!」
突然、おねぇさんたちを驚かさんばかりに、吉川は大声を出した。
「パイプライン、ええやん!」
「ほな、これにするか?」
「うん、でも、ちょっとかっこよすぎるかなぁ、もう少しお笑いっぽさがあった方がええな」
「ほな、パイプラインズは?」
「おお~いきなりお笑いっぽいやん!よし、今日から俺たちはパイプラインズや!」
「パイプラインズ結成やな!」
「よっしゃー!もう高校受験なんかやめじゃ!ワハハハ~」
「もう売れるんか!ワハハハ~」
道端で派手に笑いながら、俺と吉川は、もうとっくに仲先生が近くにいないのに、走って来て怒られるのではないかとドキドキしていた。