あなたは宝塚歌劇をどこで観るのがお好きでしょうか。DVDでしょうか?それともインターネットライブでしょうか?やっぱり、一番良いのは宝塚大劇場での観劇ですよね。
今回、桂春雨師匠に宝塚歌劇団の劇場についてつづっていただきました。宝塚大劇場まで続く道も、幕が上がるまでの胸の高鳴りを大きくしてくれるようです。お楽しみください!
たかなり
みなさん、ようこそ『麗しのタカラヅカ』へ。ご案内役の桂春雨です。
宝塚歌劇団からもコロナウイルスの感染者が出てしまい、私がこの『麗しのタカラヅカ』で紹介した公演が、東西の劇場とも中止になってしまいました。しかし、この原稿を皆様がお読みになる頃には無事に再開されているはずなので(宝塚大劇場の公演中止は8月31日まで延長になりました)、どうぞご安心ください。
前回と前々回の2回は、劇場での公演のことを書きましたが、今回は公演が行われる劇場のことを綴らせて頂きます。
宝塚歌劇団は『宝塚大劇場』『東京宝塚劇場』『宝塚バウホール』と、3つの専用劇場を持っています。その中で『聖地』と呼ばれているのが、本拠地である『宝塚大劇場』です。
1998年に宙組が出来てから、東京宝塚劇場でも通年興行が行われるようになり、東京で5組の本公演を観られるようになりましたが、劇場の規模や付帯する施設などは、やはり本拠地である宝塚大劇場にはかないません。
宝塚ファンは宝塚大劇場を『ムラ』、東京宝塚劇場を『東宝』と呼びますが、2つの呼称のニュアンスには少し違いがあります。『東宝』は『東京宝塚劇場』のみを指す言葉ですが、『ムラ』は宝塚大劇場だけでなく、劇場周辺の地域全体を表す言葉だからです。
『ムラ』という言葉は、大劇場のあたりが昔『小浜村』という地名だったことに由来します(1951年まで小浜村でした)。ネットなどで調べると「昔、宝塚村だったから」とか「周辺に何もなく田舎のような場所にあったため」などの説が見受けられますが、それは大きな誤解です。
宝塚在住の笑福亭呂鶴師匠(宝塚で生まれ育ち、ずーっと宝塚に住んでいます)と宝塚の駅で出会うと「また、ムラか」と、楽しそうに声を掛けて下さります。宝塚で生まれ育った人たちからも『ムラ』と呼ばれる愛される『ムラ』なのです。
『ムラ』へ行くには阪急宝塚線がオススメです。電車を降りホームに立つと、阪急宝塚線の発車音が『スミレの花咲く頃』だったり(ちなみに、今津線は鉄腕アトム)、駅構内のあちらこちらに宝塚歌劇の公演ポスターが貼ってあったり、デュエットダンスを踊る男女を描いたイラストがある柱に「ようこそ、宝塚大劇場へ」と書いてあったりして。ムラへ来た感が充満しています。
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阪急宝塚駅から大劇場までは徒歩で約10分の道のり。改札を出てまっすぐ行くと、左側に阪急百貨店の入り口、右側にエスカレーターと階段があります。改札は2階部分にあるので、下に降りる必要がありますが、私のオススメはエスカレーターです。エスカレーターで降りると、目の前に池田泉州銀行の『すみれの花定期預金』の看板が光っていて、星組の『有沙瞳』さんが笑顔で迎えてくれるからです。
エスカレーターで1階に下り、大劇場目指して右へ曲がると、目に入るのが宝塚モニュメントと名付けられた銅像です。6年前の『宝塚歌劇100周年』の時に駅前の広場に設置されたもので、トップスターとトップ娘役のデュエットダンスがモチーフになっています。初めて来た人は思わず記念写真を撮ってしまう撮影ポイントです。
それから、デュエットダンス像の2人を尻目に見て左へ曲がり、ソリオ宝塚(駅前ショッピグモール)の中に入ります。大劇場は川沿いの標高の低い所にあるので、1階からグランドフロア(日本語で言うと地階)まで降りる必要があります。
ソリオの中央を貫く吹き抜けの大きな階段を降りるとグランドフロア、ジェンヌ御用達の店がたくさんあり、公演ポスターやサイン色紙がそこかしこに貼ってあるので、観劇気分が勝手に高揚していきます。
グランドフロアでひときわ目に付くのが、本家寶もなか『永楽庵』です。名物『寶もなか』はタカラジェンヌたちも大好きで、楽屋に差し入れすると喜ばれます。私の落語『代書屋・宝塚編』のサゲで、主人公が「わたい、その『寶もなか』に就職しまんねん」と言っているのは、この『永楽庵』さんのことです。
と、ここまで書いたところで紙幅が尽きてしまいました。このつづきは、また次回に。