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㉞中興の祖~師匠六代目笑福亭松鶴とわたし:笑福亭鶴光

笑福亭鶴光

演芸を愛している方なら誰でもご存知の上方落語四天王。それぞれ得意ジャンルが違い、弟子の育成方法も違います。違うからこそ切磋琢磨し、上方落語を盛り立てていきました。

今回は笑福亭鶴光師匠に、上方落語四天王との思い出についてつづっていただきました。笑福亭鶴光師匠から見た上方落語四天王とは?お楽しみください!

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中興の祖

上方落語四天王についてお話していこうと思います。

立川談志師匠が、米朝師匠は上方落語中興の祖だとおっしゃっていました。

東京では落語中興の祖と言われたのは三遊亭円朝師匠。この名前いつ・どこで・誰が継ぐのか、永遠の謎とされてます。

米朝師匠と同じく上方落語四天王の私の師匠・松鶴は、大阪の噺家で最初に紫綬褒章を頂きました。

人間国宝を目指してましたが、68歳で志半ばで病に倒れ、帰らぬ人と成りました。

松鶴の死後、人間国宝に、そして噺家としては誰も成しえなかった文化勲章を授与した桂米朝師匠。

これは本人だけに留まらず、上方落語家全体の名誉でも有ります。しかも大学出のインテリ、正岡容先生の弟子やったんですが、何故か噺家の道へ文筆家が演芸家に大変身。

まぁ、この方が掘り起こした落語は数知れず、我々もその恩恵にどっぷり浸かっております。

非常に芸には厳しい方で、「『三十石』と言う落語に出て来る船頭は、元々どこそこの出身やからこういう言葉や」とか、「つっこみは同じ言葉の繰り返しがはダメ、そんなアホなと使えば次はそんなアホな事をと変えろ」とか、とても勉強に成ります。

ある噺家が米朝師匠に尋ねられました。

「君は噺家に成って何年に成る」

「はい35年です」

「う~んその割には下手やな。○○と言う噺家は下手やけどあの味はわしには出せん。君はその味も無い」

ボロボロに言われて帰ろうとすると、後ろから追い打ちをかける様に

「ついでに華も無いな」

でもここまで言うには、頑張って上手くなれよ、と言う愛情が含まれてることを、察しないと単なる恨むだけの事となる。

伝わっていれば良いのですが。

米朝師匠といえば、今東京で良く演じられてる『天狗さばき』も米朝師匠の影響が大きいネタです。

『一文笛』『まめだ』など新作でも、ただ笑わせるだけのコントの寄せ集めでは無く上質な作品が多い。

米朝師匠が得意としたあの『はてなの茶碗』の茶金さんが店へ出て来る時の上品さは、誰も真似できません。

怪談話や人情噺は前半で思いっきり笑わせた方が、逆にぞ~っとしたり又泣いたり出来るとも、教えて頂きました。

幽霊を演じると綺麗なのは三代目桂春団治師匠。お菊、高尾が絶品でした。

松鶴がお菊やると化け物に成ってしまう。

忘れてはならないのが小文枝師匠、色気がたっぷりです。大店の御寮さんから、お妾さん、長屋のおかみさんまで見事な使い分け。

小文枝師匠で思い出すネタは『天神山』『船弁慶』『悋気の独楽』でしょうか。私の『悋気の独楽』は小文枝師匠の物です。

上方落語四天王は、それぞれ得意なジャンルがある。

三代目が得意な『代書屋』『親子茶屋』は米朝師匠直伝だそうです。

松鶴は出来不出来が激しかった。100パーセント超えるかそれとも0パーセントか。

米朝師匠は常に80パーセントをキープした安定感。

春団治師匠は生真面目その典型的な例が、落語会で『代書屋』を演じてまして途中でつまってしまい、もう一度やり直した事が有る。

たまたまラジオの録音撮ってまして、間違ったところまではお客様は笑わない。しかしその後は、又お客様が笑い出した。

両方を繋げて見るとものの見事に遜色なくオンエアー出来たと、ラジオ局のディレクターも感心してました。すごい芸当やな。

松鶴・米朝・春団治・小文枝(後の文枝)が居なければ上方落語の繁栄はあり得なかったでしょう。四天王と呼ばれるには相応しい方々でした。我々の時代に四天王が現れる事はまず無いでしょう。

四天王は偉大なり。

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次回予告

笑福亭鶴光師匠の次回のコラムは、1月25日20時配信予定です。次回はどのようなエピソードが飛び出すのか、今からワクワクしますね。お楽しみに!

鶴光師匠はvoicy(https://voicy.jp/channel/742)も毎日更新中。時々、猫ちゃんの鳴き声も聞こえ、オールナイトニッポンとはまた違った鶴光師匠の一面に触れられます。要チェックです。