阪神千鳥橋駅から徒歩5分の場所にある、此花千鳥亭をご存じでしょうか?商店街の中にある小さな小屋で、こちらを作られたのは講談師の旭堂小南陵先生です。現在はどこの協会にも属さずフリーで活躍中です。
私事ですが、私は元旭堂一門の講談師です。彼女は同期入門の方で、様々な事がなければ切磋琢磨し一緒に活動していただろうと思います。その旭堂小南陵先生にお話をうかがってきました。じっくりお読みください。
旭堂一門の禊でありたい
――超ご無沙汰しております。上方講談協会の第一次分裂騒動からお会いしていないので、もう15年以上になりますか。
こちらこそ、ご無沙汰しています。色々とありましたから……。
――ほんまです。でも、ご無沙汰している間に、こんな立派な小屋をつくられて頼もしい。
師匠への、講談への恩返しとして此花千鳥亭を作りました。興行権等の申請がなかなか通らなかったのですが、今まで色々経験していると何てことないと思いました(笑)。
――三代目南陵師の門弟同士で裁判ですからね……。その後もごちゃごちゃ。呪われているとしか言いようがない。
だから、私は自分自身を禊の存在だと思っているんです。だって、小さな南の陵、つまりお墓ですよ。いつしか誰もが還る場所ですから、心あるように尽くしていかなくてはならないと考えています。私の役割は様々な悪いことを持ち越さず、私の代で終わりにすることだと思います。
――その心意気を理解してくれる方が増えると良いのですが、旭堂一門では難しいかも知れませんね。
一人一人、1対1の関係ではみなさん良い方なんです。励ましていただいたこともあります。ただ、様々な人間関係が複雑なのでしょう。
師匠四代目南陵先生の思い出
――四代目南陵先生も難しい方でしたね。けど、裏表がないので私は嫌いじゃありませんでした。わざわざ敵を作らんでもええのにとは思いましたが。
敵を作るのは、自分を鼓舞するためにしていたような節があります。なにくそ!と思って精神力を高める。よく私に「お前は敵を作らへんからアカンのや」と言われていましたが(笑)。
――なんでわざわざ作んねん(笑)。
今思うと、うちの師匠は有言実行の確率が高いんですよね。博士号もほんまに取らはったし、言うてはった賞もいただきました。そんな師匠が、最晩年弱音を吐かれたんです。今まで冗談で「あーしんど」と言うことはあっても、本気で言うことはありません。それが「しんどいしんどい」と口にするようになったんです。
――それは周囲もつらい…。最後に交わした言葉は何でしたか?
もうコロナ禍でしたから、お見舞いにもうかがえなかったんです。だから、ZOOMです。弟子で息子の南也さんが隣につき、つないでもらいました。7月23日の国立文楽劇場での独演会、30分力を振り絞っての一席。これが最後の姿になりました。
今はファンを増やすのには厳しい状況
師匠は良い人生だったと思います。妹弟子たちは、ものすごく師匠を慕ってくれていますし。
――不躾なことをいますが、修行されていませんよね、妹弟子の皆さん。
だから、共通の言語がないんです。生きているフィールドが違うこともあって、感覚が違う。彼女たちからすると、私は冷たく感じるかも知れません。でもやりたいことがあるなら、いくらでも協力する準備はできています。
――妹弟子・弟弟子が多いと、ネタがかぶることが多くなると思います。その対策は?
それもあって、今は連続読みに力を入れています。現状、いつ来ても同じ読み物で演者が順繰りに高座にかけている状態ですから。「美味しいネタ」はみんなやりたがるんですよね。けれど、それではファンを増やすのには厳しい。
――それは私がいたころからの課題ですね。
幸い師匠が遺してくださった速記本を眺めていると、面白いものがたくさんあるんです。うちの師匠、国会図書館にもない速記本を持っておられたんですよ。女性が主役の読み物もけっこうあるんです。
――例えば?
『妲妃のお百』や『奴の小萬』でしょうか。『妲妃のお百』のお百は江戸で活躍する悪女ですが、元々は上方の生まれです。発端部分をかけていこうかと考えています。速記本では江戸弁ですが、こちらの言葉に変えています。先人が遺してくださっているものを掘り起こして、伝えてゆきたいんです。
野望は365日の連続読み
――連続読みの会は、どれぐらいの期間を考えておられますか?
諸先輩方は15日や30日が多かったですね。私は色んな問題がクリアになったら、365日やってみたいです。野望ですが(笑)。大師匠が書かれた『上方講談三代記』には、二代目南陵師はよそで一席読んで、家に帰ってから1時間ほど喋ったとあるんです。これが理想です。20分ぐらいの短いものなら可能じゃないかと。
――今はリモートも可能ですから、地方に行っていても出来そうですね。
そのことも含めて準備中です。連続読みは、やりなれて洗練されたネタではありませんが、チャレンジする意義はあると思います。
――頼もしい。
『赤穂義士伝』なんて外伝も入れたら365日じゃ終わらないぐらいあるでしょうし。『難波戦記』は1回やったんですが、今度はもっと膨らませた形でやってみたいですね。今は連日で出来ないので、ハイライトを一席という形になっています。
――上方講談といえば『太閤記』ですが、こちらには挑戦されないのでしょか?
『太閤記』の連続読みはぜひやりたいです。『上方講談三代記』に、『太閤記』を二代目南陵師が書かれた理由が記されていたのですが、日露戦争後、日本中が湧き立つ中、もっと盛り上がるものが必要だと。
――なるほど。『太閤記』でまた上方講談を盛り上げていきたいですね。
此花千鳥亭の認知度を上げていきたい
今、東京では神田伯山さんが頑張っておられますが、関西は厳しい状況です。それにお客さんが講談を聞きたくても、どこで聞けるかも分からなかった。
――そういえば、よく尋ねられていました。
だから、この此花千鳥亭は講談の拠点と謳わないと。あと、実はここを作った理由の一つに、弟子志願者が来られても育成に自信が持てないこともあるんです。弟子の育成は、師匠への恩返しとしていつかはやりたいことです。その前に、師匠もされておられなかったこと、「小屋を作る」をしました。
――小南陵先生ご自身が注目をあびることをしようとは考えられないのでしょうか?
今は目立つ云々よりも、後世に返していくことが主軸。此花千鳥亭の運営を維持し、認知度を上げることに注力していきたい。演者視点で作った小屋なので、生き生きした演者を見てもらえる小屋なんですよ。それを知ってもらいたいです。勉強会がやりやすい規模ですしね。
――最後になりますが、小南陵先生にとって講談の魅力とは?
表現だけでなく、脚本もカメラワークも全部できるものだと思います。客席に助けられて、生涯残りうる一瞬に到達できるかもしれないと思い、私は師匠の門を叩きました。それまでやっていた芝居も何もかも辞めて。
――お芝居をされていたなら、標準語の方が得意だったんですね。
正直なところ、地の部分は標準語の方がリズムは取りやすいんです。でも、関西の言葉にこだわって関西の文化に根ざした講談をライフワークとしてやっていきたいです。そして、関西の講談にワンステップツーステップ貢献して死にたいですね。あんなんやってた婆さんがいたんやで、と言われて(笑)。
――有難うございます。体に気を付けて頑張ってください。
お互いにね(笑)。
此花千鳥亭でお待ちしています!
今回は旭堂小南陵先生にじっくりお話をうかがいました。様々な方への感謝の言葉を口にされておられたのが印象的でした。協会の分裂や脱退と人間不信に陥ることが多かったはずですが、感謝ができることが此花千鳥亭という形になったのではないかと感じています。
旭堂小南陵先生の思いが詰まった此花千鳥亭は、阪神千鳥橋駅から徒歩5分のところにあります。大きな通りに沿って歩けばすぐ分かりますので、ぜひ足を運んでみてくださいね。
此花千鳥亭
大阪府大阪市此花区梅香3丁目20−17