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鰻の夢~日常ドキュメンタリー:三遊亭はらしょう

三遊亭はらしょう

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日本の国民食ともいえる「鰻」。近年は乱獲のせいで漁獲量が減っているとのことですが、それでも日本人の心を揺さぶってやまない食べ物であります。

三遊亭はらしょうさんも、無性に鰻が食べたくなったのだそう。その理由は「夢」。さて、どんな夢だったのでしょうか。三遊亭はらしょうさんを突き動かした鰻の夢、ご堪能ください。

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鰻の夢

別段、鰻が好物という訳ではないが、夜中も夜中、丑三つ時頃から、猛烈に鰻が食べたくなり、居ても立っても居られなくなってきた。居ても立っても居られなくなってきた原因は、つい今しがた見た夢である。


俺は、鰻の夢を見たのだ。勿論、俺が芸人だからといって、鰻になるといった珍妙シュールな夢ではない。舞台は浅草と思われる。

オールカラーではあるが、その風景は戦前の如きで、至る所、エノケン、ロッパなどのアチャラカめいた看板に、ハンチング帽、コート、ステッキ、といった洋装の社会人或いは学生が、狭き六区通りを始終行き来している。

大きく爆発するような笑い声が地鳴りのようにズシリズシリと響いて来るものだから、喜劇の王様である歴史上の芸人のせいだろうと、立ち止まってジっと聞いていると、目の前には、浅草フランス座演芸場・東洋館が唐突に現れ、途端、令和五年に時空がグンニャリと歪曲した。

「おう、鰻でも食いに行くか」

声をかけて来たのは、劇場から出て来たハンチング帽、ユニクロ風ワイシャツ、ジーパン姿の男だった。

はて、どこかで見たことがある顔だと思って覗き込むと、セルフレームの眼鏡をかけている。

一見、JINSと見紛うカジュアルさを醸しだしているが、見る人が見れば、それは白山眼鏡店の高級品であることが分かる。

眼鏡の下には、何の特徴も持ち合わせていない人類の平均的な鼻があるが、特筆すべきは、その口元である。この男、意志の強そうな唇を真一文字に結んでいるが、どういう訳だか、前歯がニョッキリとはみ出している。

「鰻食いたくねぇのか、おい!」

気分の浮き沈みの激しい男の口調を聞いて、この懐かしい感覚はなんなのだろうと、改めて男の顔を覗き込んだ。

それは、亡くなった筈の俺の師匠、三遊亭円丈だった。

「師匠!お久しぶりです」

「せっかく夢で会ったんだから、いいもん食わせてやるよ」

「いいんですか、今日は、さくら水産じゃないんですね」

「あの50円の魚肉ソーセージが最高なんだよ、おい、この野郎、セコい打ち上げの思い出を俺が死んでから言うんじゃない!今日は鰻だ、喫茶ブロンディーの近くに鰻屋がある、おう、ここだ」

「いや、ここって、激安250円弁当の、デリカぱくぱくじゃないですか!」

「そうだ、店員さんすいません~鰻おにぎり二個下さい」

「出た!鰻丼でもなく鰻重でもなく、鰻おにぎり!ここでしか見たことありませんよ」

ああ、本物の鰻が食いたい。いや、デリカぱくぱくが偽物だと言っている訳ではない。

俺は、師匠と鰻おにぎりを食べかけた刹那、口を大きく開けたまま目が覚めてしまった。どうしてここで夢が終わるのだ。ああ、鰻おにぎりでもいいから食べたい。

鰻、鰻、鰻、と丑三つ時、真っ暗闇の中、寝言ではなく、独り言を連呼している俺は、気が狂うているのであろうか。

いや、そんなことはない。鰻なるものが好物ではないとて、鰻の美味さに心が支配されるのはニッポン人の平均的欲求ではないのか。

俺はどこも可笑しくはない。

畜生、せめて夢の中で鰻おにぎりを一口でもかじっておきたかった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

こうして、居ても立っても居られなくなった。丑三つ時に鰻を食うには、どうすればいいのか?

前に回って鰻に聞いてみて下さい、という古典落語をついつい思い出してしまったが、そもそも今ここに鰻はない、ゆえに、買いに行く以外、方法はない。

当然、近所のスーパー、オオゼキ、ライフ、セイユウなどは、すべて閉まっている。
コンビニはどうであろうか。

セブンイレブン、ローソン、ファミリーマートに鰻は売っているのか?

「おお、運が良ければあるよ」

また、師匠の声がした。

一瞬、俺は寝てしまっていた。

では、コンビニに行くとしよう。

気が付くと、なんだか部屋が明るい。

鰻のことをずっと考えていた俺は、意識朦朧、二度寝×20倍の愚行を繰り返し、時計の針は午前七時を廻った所であった。

あと、数時間後にはスーパーが開店する。

「俺の分も買っといてくれ、あとで金は払う」

また、師匠の声がしたから、また、うつらうつらとしていたようだ。

土用の丑の日でもないのに、売っているのだろうか。

俺は鰻を買いに行く。だが、自分で鰻を買うほど、好物ではない。

鰻の夢を見たから、こうなってしまっただけなのだ。

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