上方落語四天王の思い出

桂米左

⑦稽古~師匠桂米朝と過ごした日々~桂米左

桂米左師匠による米朝師匠との思い出コラム第7回です。今回は米朝師匠の稽古についてつづっていただきました。 現代はネタを録音して稽古をすることもありますが、米左師匠の修業時代は…。一緒に稽古をしているつもりで読むと、胃がキリキリしてき...
桂春若

⑦神戸柳笑亭、その1~師匠三代目桂春団治と見た風景~桂春若

大阪市中央区東心斎橋で昭和47年2月に誕生した落語の定席「島之内寄席」。長らく落語専門の定席が大阪になかったため、落語家悲願ともいえる定席でした。 そして、同じ年の11月神戸で新たな寄席が誕生します。その寄席こそ「神戸柳笑亭(こうべ...
桂枝女太

⑥しくじり~師匠五代目桂文枝と歩んだ道~桂枝女太

新人は失敗がつきもの。失敗を繰り返して成長をしていきます。当然、落語家も入門したての弟子は失敗だらけ。今では考えられませんが、桂枝女太師匠もそうだったとのこと。 一般的な会社勤めと違うのは、こんなことも失敗つまり「しくじり」になると...
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笑福亭鶴光

⑨言い訳~師匠六代目笑福亭松鶴とわたし:笑福亭鶴光

ドラマ『どてらい男(やつ)』の出演オファーがあった六代目笑福亭松鶴師匠。高座一筋の六代目笑福亭松鶴師匠は断ると思いきや、二つ返事で快諾です。その時、そばにおられた若き日の笑福亭鶴光師匠に松鶴師匠は出演を決めた理由を話してくださったそうです...
桂米左

⑥内弟子~師匠桂米朝と過ごした日々:桂米左

落語家の修業といえば、内弟子が当たり前の時代もありました。しかし、現代で内弟子修業を経験している落語家はほとんどおられません。 桂米左師匠は米朝師匠のもとで内弟子修業を送った、今では珍しい落語家です。さて、どのようなものだったのでし...
笑福亭鶴光

⑧芸人は売れてなんぼ~師匠六代目笑福亭松鶴とわたし:笑福亭鶴光

師匠の熱い志を受け継ぐのも弟子である一方、お茶目な部分をよく知っているのも弟子です。笑福亭鶴光師匠の師匠・六代目笑福亭松鶴師匠も名人の一面以外にもお茶目な部分があったそうです。 六代目笑福亭松鶴師匠がお茶の間でも親しまれるようになっ...
笑福亭鶴光

⑦島之内寄席~師匠六代目笑福亭松鶴とわたし:笑福亭鶴光

落語は伝統芸能。弟子は師匠から様々なことを教えてもらい、芸を引き継いでいきます。引き継ぐのは芸だけではありません。熱い「志」も引き継ぐのが、伝統芸能・落語ではないでしょうか。 今回は六代目笑福亭松鶴師匠から鶴光師匠に伝えられた「志」...
桂米左

⑤入門後~師匠桂米朝と過ごした日々:桂米左

桂米朝師匠の19番目のお弟子さんである桂米左師匠。その桂米左師匠が入門したのは、今から36年前のこと。芸歴37年目にして、入門当初のことを思い出していただいています。 内弟子なのか通い弟子なのか?芸名の由来は?そして、桂米朝師匠から...
笑福亭鶴光

⑥長屋~師匠六代目笑福亭松鶴とわたし:笑福亭鶴光

破天荒なエピソードの多い六代目笑福亭松鶴師匠。その中でも鶴光師匠の中で印象に残っているエピソードをつづっていただきました。 六代目笑福亭松鶴師匠なら『らくだ』を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。『らくだ』の世界観そのままな松...
桂米左

④入門まで~師匠桂米朝と過ごした日々:桂米左

桂米左師匠による自身の師匠・三代目桂米朝師匠との思い出コラム第4弾です。いよいよ桂米左師匠が桂米朝師匠に入門志願をします。高校3年生の時のことでした。 同級生が就職に頭を悩ます中、紅顔の美少年(?)だった米左師匠は入門について思い悩...