プロになっての初高座と、素人時分の初高座はまた一味違うもの。桂枝女太師匠は、14歳の時に初めて落語を人前でされたそうです。その時の様子をつづっていただきました。現在はベテラン落語家として活躍中の桂枝女太師匠も、こんな時代があったよう……。
あなたも中学時代を思い出してみませんか。じっくりお楽しみください!
初めて人前でやった落語が大すべり!二度と落語なんて・・・
生まれて初めて落語というものに出会ったのがいつだったのかはわからない。小学生の頃にテレビでチラッと見たことがあったようにも思うし、祖母に角座へ連れて行ってもらったときに見ていたかも知れない。
はっきりと落語というものを認識したのは、中学2年と3年のあいだの春休みの前。
3年生になるとクラス替えがあるので、春休み中にクラス全員でお別れ会をしようということになった。
少し大層な感じがするが、当時は生徒数が今では考えられないくらい多かった。
私が在校していた豊中市立第7中学校は1クラス45人で各学年13クラス、1学年だけで600人近い生徒数。
13クラスもあればバラバラになってしまう。そこでお別れ会ということになった。
私と近所の仲の良い男子の2名が実行委員長的なことをさせられることになった。
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色々と企画を考えた。
当時の人気番組「プロポーズ大作戦」(朝日放送)の「フィーリングカップル5対5」の真似ごとや、深夜放送の真似ごとであらかじめリクエストを取っておいて当日誰かがDJをしてレコードをかけるとか、中3にもなればギターのひとつも弾ける者もいるので弾き語りをしてもらったりとか。
また吉本新喜劇の真似ごともやった。今もそうだが当時の吉本新喜劇の人気はすごかった。花紀京、岡八郎、船場太郎、平三平、原哲男、山田スミ子、片岡あや子等々錚々たるメンバーが毎週土曜と日曜にテレビで笑わせてくれていた。
真似ごとではあるけれども、台本は新しいものを私が書いて10人ほどで練習をしていた。
しかしそれだけでは時間が余ってしまう。困った。もう一本芝居を書くというわけにもいかないし、書いたところで練習もできない。
そのときもう一人の実行委員長役の友人が「落語をしよう」と言い出した。前から興味があったらしい。
「落語やったら一人で練習できるし、15分ずつでも2人で30分はもつ。なんでもええから、ひとつ覚えてきて」・・・覚えてきて・・・聞いてきてじゃなくて覚えてきて・・・どうやって???
仕方がないので父親に「落語のレコードある?」。ないと思っていた。当時浪曲や民謡のレコードのある家庭はあったが、さすがに落語はないだろうと。ところが、あった。1枚だけ。
初代桂春団治のLPレコード。両面に二席ずつ計四席。その中でいちばん覚えやすそうな『いかけ屋』を覚えることにした。
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ご存じのように、いかけ屋のおっさんが近所の子供たちにからかわれて仕事にならないという落語。
わりと簡単に覚えることができた。なんといってもまだ中学生、大人にくらべて頭はかなり柔軟にできている。台詞は覚えたがさて仕草はというと、正直どうだったか忘れた。
というより仕草なんてものにまで考えが回らなかったと思う。
なんせそれまで、しっかりと落語を見たり聞いたりしたことは一度もなかった。ただ着物を着て座布団に座って一人で喋るもの、その程度の認識しかなかったのだから。
お別れ会の当日、いよいよ自分の出番。緊張していたかどうかすら忘れたが、一切ウケなかったことだけはよく覚えている。
レコードで聞いたときにはそれなりに面白くて笑ったものだがまったくウケない。クスリとも笑わない。生まれて初めて針のムシロにすわったような気がした。
それも当然。いかけ屋という言葉、これが聞いている同級生にはわからない。喋っている本人もわからない。わからない者がわからない者にわからないまま喋ってもわからない。ウケないのも当然だ。
次に高座に上がった友人は、さすがに私より落語のことはよく知っていて「大安売」というわかりやすいネタをやった。
弱い相撲取りがいて、贔屓の者が成績はどうでしたと聞くと「勝ったり負けたりです」と。詳しく聞いてみると全部負けていた。
「勝ったり負けたりって言うたやないですか」「ハイ、向こうが勝ったりこっちが負けたり」。これなら中学生でもわかる。さすがによくウケていた。
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その友人は気分がいいだろうがこっちは最悪。もう二度と落語なんてやるものか、ではなく、聞くものかと思った。
ところが友人は気を良くしていっしょに帰る学校からの道でずっと落語をやる。学校から家までゆっくり歩いて20分弱。ちょうど落語一席分ぐらい。
毎日毎日同じネタを聞かされると半月ぐらいでだいたい覚えてしまう。そうなるといつの間にか掛け合いになっている。ひと月もすると完全に覚える。
すると次の月からネタが変わる。また半月聞かされて半月は掛け合いで。
覚えた頃にまた違うネタ。そんな感じで夏休み頃には4つぐらいのネタを覚えた。
そうなるとだんだん面白くなってくる。「こいつよりももっと覚えてやろう」。
ところが時期が悪かった。中3の夏休み。本格的に受験勉強にかからなければならない頃に落語という新しい趣味にはまり込んでしまった。