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【特別寄稿】コロナ当事者になって思うこと:桂枝女太

桂枝女太

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桂枝女太師匠のコロナ感染が発表されたのは、6月19日。前日に繁昌亭夜席での出番を終えた後、体調を崩されたのだそう。ホテル療養から入院治療に切り替わり、大変だったそうです。

桂枝女太師匠はコロナに感染し何を思ったのでしょうか?特別寄稿です。じっくりお読みください。

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コロナ当事者になって

今回、またこのコーナーでコロナを取り上げることになりました。

前に取り上げたときは一般論的なというか、部外者的な感覚で書いていましたが、今回は当事者として、そう、新型コロナに感染し苦しんだ者として書かせていただきます。

本題に入る前に、今回の私の感染により、大変多くの方々にご迷惑をおかけしました。

とくに私の軽率な判断により、消毒のため繁昌亭を丸一日休館にしてしまったことは出演者や関係者の皆様はもちろんのこと、なにより楽しみにしていただいていたお客様に本当に申し訳ないことをいたしました。

ここであらためてお詫び申し上げます。

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保健所から陽性という連絡がきたときには信じられなかった。が、仕方がない。ホテル療養をすることになった。初めのうちは熱もたいしてなかったが、療養2日目から高熱が出始め、指先に付けたパルスオキシメーターの数値もどんどん下がっていき、療養4日目、ついに入院となり、お歳暮の新巻鮭よろしくビニールの箱に入れられ(というより詰められ)救急車で病院へ。点滴などで楽になったが肺炎を併発し17日間の入院生活。

と書けばそんなものかという感じだが、なんせ今まで大病を患ったことがない身にとってはこんな心細いことはなかった。

心細かったのは病院よりも隔離療養中のホテルでだった。

高熱が出始め、血中酸素濃度がみるみる下がっていく。

新型コロナに関してはテレビでいやというほど情報が入ってきている。若い人たちはそうでもないが、高齢者や持病のある者は生命にかかわる。

私自身感染したときは62歳で高齢者ではないが決して若くはない。持病こそなかったが危険度でいうと微妙なところだ。

もっと若い人でも急激に様態が悪くなり、あっという間に手遅れというような話しも聞いていた。

解熱剤を飲み少し熱が下がった状態で、ホテルのベッドで一人寝ていると決していいことは考えない。この苦しみがいつまで続くのか、いつまでここにいればいいのか、入院したほうがいいのか、入院させてもらえるのか。

それよりも、なんで俺が感染したのか。いつ?どこで?考えてもわからない。そういうこともある、と、頭ではわかっていてもそれで納得できるものではない。

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そして気がつくと、泣いていた。それも大きな声を出して、号泣に近かった。

それは容態の悪化を心配してではなく、身体がしんどいから、熱があって苦しいからでもなかった。

とにかく涙が出た。そのときに頭に浮かんでいたのは母親と父親の顔だった。

人間は死に際して親、とくに母親を思い出すとかいわれるがそんなことではない。

だいたい私自身いくらなんでも自分がこれで死ぬなんてことは思っていなかった。

思い浮かべていたのは、母親や父親が死んだときのことだった。

二人とも7年ほど前に亡くなったのだが、ともに死に目には会えなかった。

「死に目に会えない」というのはあとに残った者の感覚で、死に行く者の立場からみれば、誰にも見取られず、一人寂しく・・・ということだろう。

生きている間にもっとそばにいてやればよかった、意識のある間にもっと話しをしておけばよかった。

きっともっとそばにいて欲しかっただろう、もっと話しをしていたかっただろう。

残された者は皆そう思う。しかし自分が患い入院もできずにホテルに隔離され一人ベッドで苦しんでいるとき、本当の意味で母や父の寂しさを実感した。私のコロナどころではない、本当に死というものが目の前に見えている人間の寂しさ心細さ。

それを思うと涙が止まらなかった。

こんな感覚に襲われたのは生まれて初めてだった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

人間死ぬときはひとり。そばに誰がいようといまいと関係ない。意識がなければ同じこと。ずっとそう思っていた。

でも今回、それは違うんじゃないかと思った。普通60歳を過ぎてからこんなことに気付くのは遅すぎるのかも知れない。親が死んだときに気付けよっていう話しなのかもわからない。

それぐらい生き死にということに鈍感だった。

逆に言えばそのぐらい大変な目に遭ったことが過去になかったということなのか。それならこれ以上幸せなことはない。

今回新型コロナに感染したおかげでそこに気付けたのか。いや、本当にわかったのかどうか自分でもわからない。わかったような気になっただけなのかも知れない。

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少々不謹慎な言い方になるが、私がコロナに感染した時期がよかったと思う。第4波と第5波のあいだで、大阪府でも感染者がふた桁にまで減っている時期だったからだ。

たいして待たされることもなく入院ができ、また入院先の病院のコロナ病棟でもほとんど入院患者がおらず、手厚い看護が受けられた。

医師とのリモート診察を手配してくれたホテル詰めの看護師さん、入院を決めてくれたお医者さん、運んでくれた救急隊員の方たち、受け入れ病院の医師や看護師さん他スタッフの皆さん、ほんとうに助かりました。有難うございました。

この原稿を書いている最中に政府からの発表があった。感染者が爆発的に増えているので入院できるのは重症者か重症になる可能性が高い人だけ。軽症者や中等症の人は家かホテルで療養してもらうと。

中等症の経験者として言わせてもらうと、それは無理。回復するか急激に容態が悪くなるかふたつにひとつ。そんな命を賭けたバクチなど耐えられない。

感染者をゼロにすることは無理。当然だ。ならばせめて感染してしまった者を全員生還させることを考えてもらいたい。国民の生命と財産を守るのが国の役目ならば、ぜひそうお願いしたい。

私の場合はただ単に運がよかっただけ。7年前に逝った両親が最後の力を振り絞って守ってくれたのだろう。そう思えるようになったのはコロナに感染したからかも知れない。

この感染を無駄には終わらせたくない。