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大阪で真打披露~SFと童貞と落語:笑福亭羽光

笑福亭羽光

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名古屋市の大須演芸場での真打披露興行を終え、今度は大阪を目指した笑福亭羽光師匠。西宮市の門戸寄席での会の後は、地元の高槻市に足を運ばれたのだそう。現在の故郷の様子を目の当たりにした笑福亭羽光師匠が思われたことは?

じっくりお読みください。

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大阪で真打披露

 3日間の名古屋滞在の後、近鉄電車で大阪に向かう。

台風が西日本に大きな被害をもたらせている最中である。コロナ渦だし台風だし、我ながら大変な時に移動しているな……とは思いながらも、記憶は10代20代の大阪時代にもどっていった。

 大阪では大きな真打披露公演は出来ないが、いつも会をやらせてもらっている門戸厄神の会場で独演会を開催してもらった。一応それを大阪での真打披露公演とした。

 地元高槻市にも寄り、自転車で思い出の地をめぐり過去の記憶を呼び戻した。

すっかり変わった高槻市駅前と、変わらない津之江町、芥川町、あじゃりの森。

あじゃりの森に参拝し、森の中に蚊に喰われながらたたずんでいると、小学生の時と何も変わらない自分がいる事に気づく。祖母の代からあったこの森の自然に抱かれて生かされているような気になる。

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 僕の代は12クラスあった小学校も今、一学年が2クラスで、過疎化が進んでいるようだ。

 私小説落語シリーズで思春期を描いているので、定期的に思い出の地に寄らないと、記憶がどんどん美化されてしまう。普通の人ならそれでもイイのだが、きれいごとでないリアリティー、嫉妬も差別もイジメも忘れたくなる記憶さえ内包してこその本当の表現だと思う。

 小学校の頃6年間通った通学路は小さく感じる。商店街はシャッターがおろされ、店の看板だけが、そのまま放置されている。人が住んでいるのかどうかさえわからない。

 小学生の頃はこんな未来を想像しなかった。

 大人になったら、店はその息子が次ぎ、日曜日には家族で町内の寿司屋に食事に来て、酒屋がビールを運んでくれる。そんな家庭を僕も高槻市津之江町で作る事を夢見ていた。自分が逃げる様に東京に来て放浪生活を続けるなんて子供の頃は思いもよらなかった。

 みんな町の寿司屋に行くより、駅前に安いチェーン店出来たらそっちに行くようになり、食材もスーパーで買う様になった。個人商店は疲弊して店をたたまざるをえなくなる。当然の経済循環だが。僕達が個人商店よりスーパーで買って得するわずか数百円、数十円の積み重ねが多くの雇用を消失させている事に気づかない。気づいたときにはもう遅い。

 いや気づいているのかもしれないが、自分だけ損するのは嫌だし、安い物を買ってしまう。もちろん僕もそうしてしまっていた。

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 バブル崩壊、少子化。という流れを賢かった父も予想せずに自分達の価値観で生きていたように思う。このシャッター街を見て、単純にさみしいと思った。

日本経済とか政治とか大きな事は判らないし、僕達の責任でもあるのだろうが、やはり、日本人は……というか僕達はどこかで間違った……と思う。

僕の情報源である、同級生がやっている散髪屋で、町の情報を得て、更にブラブラしてから、移動した。