広告

破門である~日常ドキュメンタリー:三遊亭はらしょう

三遊亭はらしょう

▲お問い合わせはこちらから▲

ロシア疑惑が消えない三遊亭はらしょうさんの芸名。前回前々回で疑いを払拭すべく、三遊亭はらしょうさんご自身で語っていただきました。しかし、未だ消えないロシア疑惑…。

今回はより深く解説していただきました。のっけから不穏な空気が漂っています…。じっくりお読みください。

広告

破門である

こんにちは、三遊亭はらしょうです。

「芸名はロシアに関係があるんですよね?」

名前を言うと、よくそう聞かれることがあるのは、ロシア語のハラショーと同じ響きだからである。この連載の第一回目と二回目で名前の由来を書いたのだが、まだまだ説得力にかけるゆえ、今回こそハッキリさせておこう。

まず、はらしょうのプロフィールであるが、前回までは師匠の三遊亭円丈から2009年に「はら生」という芸名を頂いたというくだりで終わった。

俺の本名が、原田亮なので「はら」そして、円丈の師匠が圓生なので「生きる」という字を頂いた。実にありがたい芸名なのである。だが、なぜここまでロシア疑惑が浮上するのかというと、そのあと2011年から2014年まで「ハラショー」というカタカナで活動していたからだ。

しかも、三遊亭、とういう亭号がなく、芸名は、ハラショー、のみ。

なぜ、そうなったのか。カタカナになるまでのプロフィールが非常に短いので、読み飛ばさないで頂きたい、それはこういうことだ。

2009年 入門

2011年 破門

以上である。

えっ?どういう意味かって、だから破門である。

ヤクザ映画でしか聞いたことない?芸人の世界にもあるのですよ。

つまり、破門になった三遊亭はら生は、いったん芸名が無くなり、落語協会を抜けて、フリーの芸人になった。

だが、すぐに師匠から一門に戻る許可を得たので、その際に、色物弟子として復帰をして、芸名を、ハラショーとしたのである。

そこからは、色物なので好きなことをやってもいいと言われ、放送作家の養成所に入って勉強したり、若手芸人のライブを企画して、自ら出演したりしていた。

そんなある日のこと、師匠から突然、三遊亭という亭号を戻さないと活動しにくいだろうと言われ、いいきっかけだから、芸名を改めようということになって、現在の、三遊亭はらしょう、になったのである。

さらに、当初は色物としての復帰だったが、フリーの落語家という肩書にもなった。

その後は、少しづつ師匠の会に出演させて頂き、ある会で口演した、実話をネタにした新作落語を聴いた師匠が「お前は、こういうのが向いている、実話ネタを沢山やっていけ」とアドバイスされた。

そして、師匠と相談した結果「ドキュメンタリー落語」という呼び方で活動することになった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ほら、どこにもロシアは関係ないでしょ。これで疑いが晴れたかな。

えっ、ロシア疑惑よりも、気になることがある?なんだろう。

なぜ、一度破門になったのか?

なるほど、それが聞きたいのですね。ふむふむ、分かりました。

俺が、なぜ破門になったのか、それはですね。

と、ここからが面白くなる所ですが、本日の寄席つむぎはお時間でございます。

事実は小説よりも奇なり~チャカチャンチャンチャン~♪

次回予告、破門の真相!?パワハラ?はたまた、愛情?どこまでも優しい師匠・三遊亭円丈のエピソードをお楽しみに~

外部サイトへ移動します