落語家をはじめ芸人は一度や二度、ノーギャラの仕事(?)を経験することがあります。三遊亭はらしょうさんも、10年ほど前に経験されたのだそう。経緯は前回をお読みください。
ノーギャラでなくても過酷な夏祭りの現場、三遊亭はらしょうさんと関根大さんに襲い掛かる理不尽の嵐。さて結末は?じっくりお読みください。
おばあさんの死とギャラ
夏祭りの最中、突然、救急車のサイレンが聞こえて来た。もしや、さっきのお客さんが倒れたのではないか!?お祭り会場は騒然とした。
「おばあさんが運ばれたみたいだね」
かき氷屋のおっさんが教えてくれた。聞けば、さっきのお客さんではなく、近くにいた別の方が熱中症で倒れたらしい。ひょっとしたら、そのおばあさんも、俺の落語を聴いていたお客さんの一人かもしれない。
突然のトラブルに、一瞬、会場はざわついたものの、ライブは続行された。
そして炎天下の中、ヘトヘトで四時間の持ち時間を終えた。俺と関根が楽屋に帰ると、主催者がやって来た。
「いやぁ~暑かったでしょ~私、バタバタしてて、ライブの方、ちゃんと見れなかったんだけど、あなたたちの面白そうな声が聞こえてきたよワハハハ~」
面白そうな声ってなんなんだ!ともかく、結局、最後までよく分からない仕事だったが、猛暑の中、四時間を完走できた喜びは大きかった。
「ありがとう、お疲れ様でした~」
「ありがとうございました~」
「ありがとうございました~」
俺と関根は荷物をまとめて駅へ向かおうとした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
だが、何かおかしい。
「はらしょうさん、ギャラは?」
関根が呟いた。
ギャラ?そう、ギャラだ、ギャラの話が一度も出てないぞ。
楽屋のクーラーで頭が冷やされてクリアになって来た。
「あの、今日の出演料は?」
俺は、主催者にズバリ、聞いた。
「ワハハハ~ハハハ・・・」
あれだけ陽気だったのに、分かり易い位に、急に沈黙した。
「あっ、そうそう、救急車が来たでしょ」
突然話題を変えた。何が、そうそう、なのか。
「熱中症でおばあさんが運ばれたんだけど・・・亡くなってたらしいんだよ」
「えー!!」
「ほ、ほんとですか!」
予想外の展開に、俺と関根は大声をあげて驚いてしまった。
「いやぁ~熱中症って恐ろしいねぇ、いやぁ~お疲れ様でした」
いやぁ~って!おいおい、ギャラのことがうやむやになっている。これ以上、お金のことを聞けない雰囲気になってきているではないか。だが、おばあさんの死と、本日のノーギャラとは何の関係もない。
俺は勇気を出してもう一度聞いた。
「今日の出演料を頂けますか?」
「・・・・・・」
長い沈黙がおとずれた。主催者は今、何を考えているのだろう。永遠の時間に感じられたが、何事もなかったかのような顔で主催者は口を開いた。
「最初の電話でもちょっと言ったんだけど、このお祭り、予算があまりなくてね・・・」
確かに、最初の電話で言っていた。だが、ノーギャラとは聞いてない。
「予算がなくて、例年よりお客さんも少なくてね、出演料を出す余裕がねぇ、おばあさんも亡くなったし」
いや、だから、おばあさんの死と、ギャラは何の関係もないだろ!
「出演料は・・・出ません!」
おお!なんと、完全に開き直った
「出ません!!」
もう一度言った。しかも、爽快感たっぷりに言った。ここまで威風堂々とした主催者は初めて見た。
そのまま、俺と関根が黙って立っていると、フォローするかのようにこう言った。
「だけど、まぁ、普段とは違う観客の前でお笑いをやれて、芸人さんとしては、いい宣伝になったでしょ?」
なんと、こやつ狂っているのか!
いやいや、客の一人は熱中症で意識を失いかけていたし、近くにいたおばあさんは死んでいたから宣伝にはならないだろ!
「お疲れ様でした!!!」
すべてをなかったことのようにする位、大きな声でお疲れ様でした!を主催者から言われた。本当に、疲れた仕事だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その一年後、あろうことか、再びこの主催者から声がかかった。
「今度は、出演料が出ますよワハハハ~」
当たり前だ!
ただし、誰も死ななければ・・・っていうのだけは勘弁してほしい。
