コンプライアンスに厳しい昨今、価値観の変化の速さについていけない人も少なくないのではないでしょうか。一昔前のことでも「古い」とされ、現代の価値観に合わないことも。江戸時代や明治時代の風景を描く落語も漏れなく、コンプライアンスの波に飲み込まれつつあるのではないでしょうか。
今回は笑福亭羽光師匠が、ご自身が高座にかける古典落語『仔猫』を通じてコンプライアンスについて考えられました。あなたはどう感じますか?
コンプラに配慮して『仔猫』やってみた
末廣亭の10日間の主任興行が終わった。
古典落語6席、新作落語4席と、普段新作落語を中心に活動している僕としては、古典落語多めの10日間だった。
寄席は、子供からお年寄りまで楽しめる物(テレビの地上波に近い存在)と僕は、とらえることにしたので、得意の下ネタは封印して臨んだ。
今、落語は変わろうとしている。それ以前に【演芸】は、【表現】は変わろうとしているのを感じる。
容姿いじりネタや、下ネタが出来にくい状況になっている。
楽屋の師匠方と会話していても、吉原の噺が出来にくくなっているという状況をよく聞く。
また、ある寄席で古典落語の『持参金』が出来なくなったそうだ。
『持参金』は、女性の容姿をいじるギャグが入っている。女性のお客様の中には不快になる人もいるからだろう。
美人じゃない人や、太っている女性をネタにした小噺も、最近めっきり聴かなくなった。
僕が入門した時は、まだ目の不自由な人や、耳の不自由な人の登場する落語も演じられていたが、今はあまり聴かなくなった。
10年前笑えたことが笑えなくなっているし、ウケなくなっている。ウケないから噺家は自主規制する。
テレビのコント番組で10年前、20年前、女性のルックスを笑うネタが多かったが、今懐かしのテレビ番組なんかで、それを見ると確かに違和感を感じる。それを観て傷ついている方がいたのだろうか……とさえ思いをはせる。
落語は、時代に合わせて生き残ってきた。演じられなくなった噺も沢山あるが、新たに新作落語が作られ古典となった噺もある。
だから落語は大衆芸能なのだと思う。
落語が時代に合わせて生き残る……というのは、自然現象であると感じる。
噺家はウケたい人種である。スベりたくないという本能を持っている。我が師鶴光の落語に対する教えは〈絶対にスベるべからず〉……である。
容姿いじりネタや下ネタが滑りだすと、自動的に噺家は防衛本能が働いて、そういうネタをやらなくなる。
自然と、そういうネタは演じられなくなり、やがて噺は消える。文献や過去の映像でだけ残っているような噺になる。
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さて、今回、やるかどうか迷った『仔猫』は、容姿いじりネタが入っている。
あるお店にやってきた女中のお鍋は、性格は良いが、美人ではない。男性従業員が一目見て笑ってしまう程の見た目である。しかしいざ雇われると、働き者で誰に対しても親切であり、従業員の間で人気者になる。そんなある日、男性従業員たちで、噂話をしている。横町のぼて屋のおなごしを嫁にするか、お鍋を嫁にするかで議論になる。ぼて屋の女中は、町内一の美人であり、お鍋とは容姿に置いて雲泥の差がある。しかし、一人の従業員は性格が良い方が良いから、お鍋を女房にすると主張する。他の従業員は、やはり美人が良いから横町のぼて屋の女中が良いと主張する。
その後、お鍋の秘密が暴かれ、怪談噺になっていくのだが。
僕がコンプラ的にどうだろう……と考えたのが、上記の部分である。まず主人公お鍋が【美人ではない】とはっきり描かれていて、男性従業員も最初それをいじっている部分。それから町内一の美人女中と比べている部分である。
このシーンは、今から30年位前、僕が落研時代、いろんな落語会で演じられ、凄くウケていた。客は女性も多かったと思うがよくウケる部分だった。僕も数年前まで、そのまま演じてウケた記憶がある。
現代において落語内のルッキズムの問題はどうとらえるべきだろう?
上記の女性のルッキズムに関する発言は、僕がしているわけではない。明治時代、もしくは江戸末期の設定の落語の登場人物の発言である。僕はそれを演じているだけである。
僕がマクラで、「A子(美人じゃない女性)はB子(美人)より劣っている」という発言をするなら問題だが、時代背景的に丁稚や番頭、女中が居た時代にはこういう会話は日常的に行われていただろう。
僕の高校時代も、クラスで男子生徒同士でそういう会話が行われていた。
考えた結果、僕は、噺の本編やテーマに抵触しないように、お鍋のルックスに関する部分を可能な限りカットしたり、表現を柔らかくして演じた。
僕は客層を見てそうしたが、古典落語であるなら、当時の時代背景を大切にする為、そのまま演じる……という選択もありだったと思う。
でも本当に、そのカット&表現を柔らかく変更する行為……は正しかったのだろうか。偉大な先人から伝わったギャグを変更させた僕の行為はどうだったのだろうか?……僕は今でもその部分にひっかかっている。
