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珍来と探偵マーロウ~SFと童貞と落語:笑福亭羽光

笑福亭羽光

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襟を正して生きる。誰もがそうありたいと願うものの、中々難しいのが現状ではないでしょうか。笑福亭羽光師匠は背筋を伸ばしたい時、レイモンド・チャンドラーの小説の登場人物、探偵のフィリップ・マーロウを思い出すのだそう。

探偵マーロウを思い出させる出来事もあったようです。さて、それは…?じっくりお読みください。

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珍来と探偵マーロウ

かつて東京都北区の尾久駅から10分歩いた場所に、珍来という街の中華料理屋があった。ラーメンが600円位、定食も千円いかないぐらいの庶民的な中華で、餃子は絶品だった。

老年の御夫婦で経営されていて、厨房でオジサンが調理し、おばさんが運んでくれた。ランチ時はかなり混み合い、2人はてんてこ舞いだった。

縁あって、僕と小笑兄さんの落語会を定期的に開いてくれていた。20人で満席だが、ご近所の人で賑わう庶民的な良い落語会だった。ギャラも、今考えたら無理して多めに出してくれていたと思う。材料の仕入れ値は判らないが、赤字である事は確かである。

僕も小笑兄さんも、「披露興行の打ち上げでは、珍来を借り切って打ち上げしますよ」……と恩返しを約束した。

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コロナ禍になり、店は休業した。

しばらくして、ディスタンスをとってランチは再開した。僕は浅草や上野で出番があるときは食べに寄った。コロナ禍が終われば、必ず落語会を再開しよう、僕と小笑兄さんをまた呼んでくれる……といつも言っておられた。

悪い事は重なるもので、おじさんの持病が悪化し、入退院を繰り返すようになった。そしてついに店は閉店となり、2022年年末、おじさんは亡くなった。

密葬だし、僕も小笑兄さんも葬儀に参列しなかった。

年が明けて、あまりにも時間がたちすぎるのも……と思い、マンションに線香だけ上げさせてもらいに行った。小さな仏壇の遺影の中のオジサンに対面し、結局店で宴会して恩を返す……という約束を果たせなかった事を詫びた。

70歳過ぎて一人残されたおばさんはハローワークに行って清掃の仕事を見つけ働いているという。

僕は、香典を少し多めに包めばよかったと後悔しながら、マンションを去った。

雑居ビルの管理人のバイトを長年やっていた僕は、清掃の仕事内容はよく判る。冬は冷たく辛い。ましてや70歳を過ぎた方がやるのは大変である。

世界の分断を感じる。何も出来ない自分自身に腹がたち、焦る。

僕はその日以降自分に何が出来るかを考え続けている。

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そんな僕だが町を歩いていて、色んな寄付の活動をしている人たちを見るが、ほぼ寄付はしたことがない。そのお金は本当に困っているひとの元に行くのか判らないし、そんなわずかな金額を寄付したところで、焼石に水だとか、自分で言い訳をつくっている。要するに僕はケチなのである。

僕に本当に善意というものがあるなら、出来る事はあると思う。

精神の持ち方、人としての在り方を、示して手本となるだけで、世界は少しだけよくなり、一人でも多くの困っているひとを救えるのではないだろうか。

少なくとも世話になった人に恩を返す方法はあるのではないだろうか……楽なバイトをあっせんするとか。

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マーガレット・ミッチェル作【風と共に去りぬ】を好きな女性は、再読する度スカーレットオハラに会いに行くという感覚があるそうだ。困難に立ち向かい、強く自由に生きるスカーレットは、女性の憧れで、作品にふれる度に勇気を貰えるという。女性読者は、自分の人生の手本とする。

僕にとっての生き方の手本は、チャンドラー原作のハードボイルド小説である。【さらば愛しき女よ】【長いお別れ】に登場する探偵マーロウ。

僕は、再読したり、古い映画で、マーロウに会うたびに、自分の襟を正す。マーロウに会う度、なんて自分は金の為に、自分だけの利益の為に生きてしまっているのだろう……と。

一般人は、ピストルを持ってギャングの事務所に乗り込んだり、警察の裏をかいたりする人生はおくらないだろう。

僕も、喧嘩などした事無いし、臆病だが、マーロウのように、自分の正しいと思った事が実行出来ているだろうか……と常に自問する。

金持ちでもない売れてもいないけど、自分の中でルールを持って生きる事は、幸せに生きられる事をマーロウは教え続けてくれる。

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