上方の思い出

桂春若

⑰兄弟子 桂春輔~師匠三代目桂春団治と見た風景:桂春若

桂春若師匠の思い出の人の一人が、兄弟子の桂春輔はるすけ師なのだそうです。後に春団治一門から離れ、祝々亭舶伝しゅくしゅくていはくでんと改名し活動をします。 今回は桂春若師匠に舶伝師の「春輔」時代の思い出をつづっていただきました。奇天烈...
桂枝女太

⑰ラジオ番組のレポーター~師匠五代目桂文枝と歩んだ道:桂枝女太

年季中からテレビ番組のレギュラーになり、いつの間にか年季明けをしていた桂枝女太師匠。年季明けしてすぐの落語家は、仕事がなく大変な思いをするのが常。それなのに、桂枝女太師匠はそうでもなかったそう。 今回は桂枝女太師匠にラジオ番組のレポ...
桂枝女太

⑯寄席三味線のこと~師匠五代目桂文枝と歩んだ道:桂枝女太

桂枝女太師匠は若い頃三味線も習っていたのだそう。三味線のお師匠さんは、上方の寄席囃子の礎を築いた桑原ふみ子さんだったとのこと。今回は桑原ふみ子さんとの思い出をつづっていただきました。 三味線の心地良い音色と、若き日の桂枝女太師匠が見...
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桂春若

⑭上方お笑い大賞・功労賞~師匠三代目桂春団治と見た景色:桂春若

昭和45年入門の落語家「花の45年組」が活躍できる場を。その思いで東大阪市菱屋東で開催されていた「岩田寄席」。主宰は人間国宝・桂米朝師匠の兄弟弟子である桂米之助師匠でした。 桂米之助師匠は上方落語の種を各地に撒いていかれた、陰の立役...
桂春若

⑬米之助師匠の稽古~師匠三代目桂春団治と見た風景:桂春若

人間国宝・桂米朝師匠と同門の桂米之助師匠は、二足の草鞋を履いた落語家でした。大阪市交通局の職員の一面も持ち、定年まで勤め上げています。それでも落語に関する知識は膨大で、若手落語家の頼りになる存在だったそうです。 桂春若師匠もまた桂米...
桂春若

⑫落語集団・岩田寄席その4、打ち上げ~師匠三代目桂春団治と見た風景:桂春若

東大阪市菱屋で桂米之助師匠の掛け声で始まった「岩田寄席」。今年芸歴50周年を迎える桂春若師匠の原風景ともいえる寄席です。若手が高座に上がる機会を増やし、腕を磨いていった「岩田寄席」もついに幕を閉じる時が……。 この時、発起人の桂米之...
桂春若

⑪落語集団・岩田寄席その3~師匠三代目桂春団治と見た風景:桂春若

桂米之助師匠の発案により始まった「岩田寄席」。若手の勉強の場としてスタートし、順調に回を重ねていきます。ところが、落語ブーム到来により徐々に花の45年組が揃わなくなるように。そして……。 遠くなった日々に思いを馳せ、未来を考えてみま...
露の眞

一緒にいたかった~露の眞のアイドル愛:露の眞

3年前に急逝された露の雅さん。彼女の妹弟子の露の眞さんは、雅さんがいなくなった日々を昇華できずにいたそう。ふとした時に二人ですごした日々が、胸に去来します。 そんな眞さんの背中を押したのは、ZONEのあの曲だったそう。それは……。 ...
桂春若

⑩落語集団・岩田寄席その2~師匠三代目桂春団治と見た風景:桂春若

上方落語四天王の影に隠れがちではあるものの、大きな貢献をされた落語家がいます。それは桂米之助師匠です。本名の「矢倉悦夫」から、えっちゃん師匠と若手から慕われる方でした。 そのえっちゃん師匠の号令により開催されたのが、東大阪市菱屋東の...
桂春若

⑨落語集団・岩田寄席その1~師匠三代目桂春団治と見た風景:桂春若

えっちゃん師匠と聞いてピンとくる方は、自慢できる上方落語通。「えっちゃん師匠」こと桂米之助師匠が作った寄席が、岩田寄席です。地域寄席のはしりといえる寄席でした。 この岩田寄席での思い出を桂春若師匠につづっていただきました。さてさて、...